ハリード達はツヴァイクに着いた。ミュルスからの船旅はエレンとサラにとって初めてのものだった。船の中を探検したり、甲板からイルカの群れを見て楽しんだり。はしゃぐ二人をハリードは穏やかに見ていた。出発前、生まれて初めての姉妹喧嘩をしたエレンとサラだったが、今はもうすっかり仲直りできたのだろうか。旅慣れたハリードはエレン達を先導して、ツヴァイクの町に降り立つ。
ツヴァイクはツヴァイク公が治める町である。主君であるツヴァイク公に似て、国の人々も自信家である。世界一の国だとみんな自負していた。ツヴァイク公は武を好み、世界中の勇士を集めようとトーナメントを開いていた。優勝チームの賞金は一万オーラム。ハリードはまずこのトーナメントに出て優勝してやろうと思った。

ハリードと共に情報収集をしていたサラは、パブで一人の少年を見つけた。その少年はゴドウィン男爵の反乱でポドールイに行った時にも見かけた。黒髪で東洋風の服装をした、サラと同い年くらいの少年である。以前に話しかけた時には『僕に構わないで!』と言われてしまったが、サラはその少年のことがどうしても気になった。サラが近づくと少年は、また怯えた表情をした。

「僕に構わないで!」
「どうしたの?怖がらなくても大丈夫だよ。私はサラ。あなたは?」
「僕は……知らないんだ。自分の名前さえも……ずっと一人だったから」
「可哀想……ねえ、私達と一緒に行こうよ」
「ダメだよ。僕に関わった人はみんな死ぬんだ。僕を助けようとした人も、殺そうとした人も。だから僕に構わないで」
「そんな風に思いつめないで。ね、行こう」

その少年の方も何かしらサラに惹かれるところがあったようだ。サラをじっと見つめると一緒に旅することに同意した。サラは早速ハリードのところへ行った。

「ねえ、ハリード、この子も一緒にいいかしら?一人でも仲間は多い方がいいわ」

ハリードは黙って少年を見つめた。東洋の大振りの刀を背中に背負っているが、見るからに気の弱そうな少年である。すっかり怯えて、ひどく緊張していた。

「おまえ、腕は立つのか?」
「あ、あの、その…」
「…ついて来い」

エレンは驚いた。人見知りの激しいサラが同じくらいの年頃の男の子を仲間に誘ったのである。異国の服装に身を包んだ、気の弱そうな少年。その少年にサラはとても優しく接していた。小さい頃から知らない人が苦手だったサラがこんな風に変わるとは思ってもみなかった。そしてその少年は新たに仲間に加わるのかどうか、これからハリードが試すところである。一旦ツヴァイクの町から外に出て、手ごろな場所を探す。ハリードは愛刀カムシーンを抜いた。

「さて、おまえの剣の腕を見せてもらおうか。安心しろ、ただの練習試合だ」
「は、はい…」

少年はひどく怯えながら背中に背負っている刀を抜いた。ハリードは軽く攻撃を仕掛けた。少年はびくびくしながら応戦する。剣戟の音が辺りに響き渡った。少年の剣術は我流だが筋はいい。ハリードの見たところ、この少年は見かけによらず、かなり場数を踏んでいるようだった。剣を交えながら相手のことが見えてくる。モンスターを倒したこともあるだろうし、人を殺さなければならない時もあったようだ。

「…もういいだろう。おまえの実力はわかった」
「ねえ、ハリード!この子も一緒に旅してもいい?」
「ああ、いいとも、サラ。ところで坊主、おまえの名前は?」
「…ごめんなさい。僕、自分の名前を知らないんです。ずっと一人だったから、誰も僕の名前を呼ぶ人もいなかったし…」

見るからに訳ありのようだがハリードは何も言わなかった。そして少年も共に旅をすることになったのである。サラは大喜びで少年に何かと話しかけていた。おずおずと答える少年。それを見てエレンは少々心配になった。

「ねえ、ハリード、あの子達大丈夫かしら?」
「サラも歳の近い友達が欲しいんだろ?剣の腕は問題ない。それに旅人で何も事情を抱えてない奴なんていないさ」


再びツヴァイクの町に戻り、ハリードの目指すはトーナメントである。タダで何度でも出場でき、優勝すれば賞金一万オーラム。これをやらない手はない。ルールは団体戦で勝ち抜き方式。チームの人数は何人でもよく、戦い方も何でもありで制限はない。

「フッ、トルネードの異名を持つ俺一人で十分だ。おまえ達は観客席で見ていろ」
「ちょ、ちょっとハリード、一人で大丈夫?」

エレンが止めるのも聞かず、自信満々でハリードはトーナメントに出場した。愛刀カムシーンを片手に多くの敵と立ち向かう。

が、しかし…

一回目:対 地獄の壁→敗北

二回目:対 デビルマスターズ→敗北

三回目:対 ドラゴンズ→敗北



「ハリード大丈夫?」
「クッ!こんなはずでは…」

ハリードはエレン達に介抱されていた。

「やっぱり一人じゃ無理よ。みんなで戦わなきゃ」
「そんなことはない。ルールは勝ち抜き方式だから一人が強ければ優勝できる。だが今のままでは奴らには勝てないようだな。しばらく他の敵と戦って腕を磨くか…」

町の情報収集によると、この辺りに変な動物が出るのだそうだ。もし捕まえてきたら買い取るという話を聞き、金にがめついハリードは早速動物探しに向かう。変わった動物というのは西の森に出るのだそうだ。そしてその西の森には天才が住んでいるらしい。
西の森に向かうと、確かに変な姿をした動物が徘徊している。そして奥には立派な館がある。しかしこんな場所にあるとは。町の人々の情報によると天才が住んでいるとのことだが…
館の中にいたのは教授と名乗る変わり者の女性だった。勝手に変な歌を歌い出し踊り出す。そのおかしな言動には付き合っていられない。帰ろうとすると教授はハリード達を引き留めた。

「ちょっと皆さん、お待ちになってよ。私、頭がいいだけじゃありませんのよ。最高の美しさ、完全なプロポーションも備えておりますのよ。こ~んなナイスバディな美女を一人にしていくつもり? ああっ!才色兼備って私のことを言うのね。ここまでパーフェクトだと存在そのものが罪なのかもしれませんわね」
「何かものすごく腹が立ってきた。ハリード、帰りましょう!」
「あら、そこのお嬢さん、ジェラシー?美しさって罪よねえ」
「おい、落ち着け、エレン!」

握り拳を震わせるエレンを止めるハリード。そんな二人をよそに教授は自分のペット達の話をする。どうもツヴァイクで言っていた変な動物というのは教授のペットのようだ。

「私の可愛いペットを連れて来てくれたらお礼に熱いキッスを差し上げますわん!」

教授の館を出るとハリードは早速ペット達を捕獲しにかかった。エレンは今一つ機嫌が悪い。

「ちょっとハリード、あの教授の頼みを聞くつもり?」
「ん?何を言ってるんだ。ツヴァイクの町で言っていただろう。変な動物を捕まえてきたら買い取ると」
「えっ?じゃあ、あの教授さんのペットを売り飛ばしちゃうの?」

人のペットを売り飛ばしてしまうことに抵抗のあるサラ。

「あれだけ変わり者の教授だ。たいして気にしないさ。それに俺は金にならない仕事はやらない主義でね。ペットを売り飛ばせば金になる。教授に返しても一銭にもならんからな」

教授のペットは全部で四匹。西の森を徘徊している、見た目は変てこな姿をした動物達だった。ハリード達は一匹、また一匹とペット達を順調に捕まえていった。三匹までは簡単に捕獲できたのだが、最後の一匹がやたらと強い。ハリード達は思わぬ苦戦を強いられた。

「クソッ!何としてもこいつを倒すぞ!こいつに勝てんようじゃツヴァイクトーナメントにも優勝できん!」

何度目かの挑戦でハリード達はムクチャーという名前の、やたらと強いペットを捕獲することに成功した。そしてツヴァイクに戻り、商人にペット達を買い取ってもらった。できる限り最高値をつけて。かなりまとまった金が手に入り、ほくそ笑むハリード。次の目標はツヴァイクトーナメント優勝である。しかし手強い敵ばかりのトーナメントで勝ち抜くには単に強くなるだけではダメなようだ。ハリード一人だけで勝ち抜くのもなかなか厳しい。少し作戦を練る必要がある。



その日は宿を取り、早めに休むことにした。サラと少年は疲れているのか、すぐにぐっすりと寝入ってしまった。エレンもペット捕獲作戦によりヘトヘトだったが、ハリードのことが気になった。一人酒場へ向かうハリードを追う。
酒場で強めの酒を飲み、ツヴァイクトーナメント優勝の為に作戦を練るハリード。そこへ隣にエレンが座る。

「どうした?おまえも疲れてるんじゃないのか?」
「大丈夫よ。それに私はもう大人だからお酒も飲めるわよ」
「ほう?」

エレンはハリードと同じ酒を注文した。

「おいおい、これは少し強めの酒なんだ。疲れている時に飲むと酔いが早く回るぜ」
「大丈夫よ!私だってもう大人の女なんだから酒場で強いお酒くらい飲むわ!」

しかし肉体疲労が溜まっている上にアルコールが回ったエレンは間もなくふらついてしまった。ハリードは苦笑し、エレンを部屋まで運んだ。そしてまた酒場に戻っていった。部屋でベッドに横たわるエレンはハリードのことを漠然と考えていた。金にがめついが強く頼りがいのある男性。今までエレンが会ったことのないタイプ。年上で、人生経験も豊富で大人の余裕を感じさせる。シノンの男達とは全く違った。エレンはハリードのことが気になっていた。初めはサラが心配で共に行くことになった旅のはずである。なのにハリードのことがひたすら気になる。妹のサラは少しずつ変わっていき、どんどん自立しているように感じる。訳ありの少年が仲間になったが、今後どうなっていくのだろう。サラと少年のことが頭をよぎった後、再びハリードのことが脳内を支配した。共に行動するうちに、いつの間にかハリードに惹かれている自分を自覚しながら、エレンは眠りについた。





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