ここはピドナ。メッサーナの王都にして世界最大の都市である。カタリナは一人、奪われた聖剣マスカレイドの手がかりを探していた。ミュルスのパブで仕入れた情報によると、立派な短剣を持った怪しげな男がピドナ行きの船に乗ったということで、カタリナもピドナ行きの船に乗った。しかし、世界最大の街であるこのピドナでいくら情報を仕入れても、マスカレイドの手がかりは得られなかった。唯一引っかかりを感じたのは神王教団のマクシムスが何故か聖王遺物にとても興味を持っているという情報である。マスカレイドは聖王遺物の一つ。マクシムスを訪ねれば何か情報が得られるかもしれないが、カタリナは神王教団にはあまり関わりたくないと思った。

神王教団は三度目の死食の後にできた新しい教団である。一度目の死食では魔王が現れ、二度目の死食では聖王が現れた。神王教団は三度目の死食では魔王を超え、聖王をも超えた神王が誕生したと信じているのである。この教団は普段は清廉で質素な生活をしているが、敵には容赦しない。かつてゲッシア王朝はこの神王教団を弾圧したが、教団は逆にゲッシア王朝を滅ぼしてしまった。一つの王国を滅ぼしてしまうほどの勢力と危険な性質を持つ神王教団。カタリナはあまり関わりたくないと思った。しかし肝心のマスカレイドの手がかりは完全に途絶えてしまった。一人ではなかなか情報も集まらない。他に仲間――協力者を探した方がいいかもしれない。カタリナは広いピドナの街を歩き回った。

ピドナの街の片隅に工房があった。カタリナはその中に入ってみた。地下から鍛冶の音がする。聞こえてくる声からすると、どうもうまくいってないようだ。

「今日は店じまいだよ」
「いい武器か防具はない?」
「すみません、あいにく……」

工房地下の作業場は広く、随分と立派な造りであった。それなのに職人は男性が一人と女性が一人のたった二人だけ。カタリナは事情を聞いてみた。

この工房の初代親方は四魔貴族の一人アラケスの魔槍を聖王と共に鍛え直して聖王の槍を造ったという名工だった。アビスゲートが聖王の力で全て閉じられた後、聖王の槍はこの工房に飾られ、工房のシンボルとなった。この三百年間この工房は世界中の職人が腕を磨きに集まる世界一の工房であった。しかしピドナの権力者ルードヴィッヒとクレメンスの戦いの後の混乱の最中に聖王の槍が盗まれてしまった。親方は槍を探して旅に出て、一年前に戻ってきた。槍はピドナにあると突き止めて、取り返しに出かけていった。その三日後、親方の死体が港で見つかった。親方の死後、職人はどんどん工房を離れていき、残っているのはケーンという男性職人と親方の一人娘ノーラだけになってしまったのだという。ノーラは親方の仇と槍を探しに旅に出ようとしていた。親方の二の舞になっても構わないという。

「何か手がかりはあるの?」
「……親方が残していったものが二つあるわ。この赤サンゴのピアスとジャッカルという言葉……」
「そう…。ねえ、私も探し物をして旅をしているの。一緒にいかない?一人で探すよりは二人で協力した方がいいでしょう?」
「確かにそうね。私はノーラ。よろしくね」

カタリナはノーラという鍛冶屋の娘と行動を共にすることにした。カタリナは聖剣マスカレイド、ノーラは聖王の槍。どちらも聖王遺物の一つである。二人がかりでピドナ中を駆け巡り、情報を集めるが、マスカレイドについても聖王の槍についても手がかりは全くつかめなかった。赤サンゴやジャッカルという言葉についても。カタリナは途方にくれた。



一方、カタリナより少し遅れてトーマスはピドナに到着した。港ではベント家の出迎えの者が待っていた。ピドナのベント家はトーマスの『はとこ』に当たる人物が住んでいる。自分の家だと思ってくつろいでくれと暖かく迎えられたトーマス。ピドナのベント家に身を落ち着けると、トーマスは早速街を探索することにした。

マスカレイドについて何も手がかりがつかめず焦るカタリナ。ピドナの街を当てもなく探索していると、トーマスを見かけた。ゴドウィン男爵の反乱が解決した折に一度だけ会っている。モニカの護衛をしてくれたシノンの開拓民の一人。彼とはたいして言葉を交わしたわけでもない。カタリナは迷った。しかし今は少しでも知り合いを増やし、情報を得たい。カタリナは思い切ってトーマスに話しかけてみた。最初に会った時と比べるとカタリナは髪を切っているし服装も違う。カタリナを見てもトーマスはすぐにはわからなかった。そして驚いた。

「こ、これはカタリナ様!気づかずに申し訳ありません!」
「そんなことはいいのよ。それより協力して欲しいことがあるの。お願いできるかしら?」

カタリナはノーラと共にマスカレイドと聖王の槍のことを話した。

「事情はわかりました。喜んで協力しましょう。僕がピドナに来たのは様々なことを見て回り、見聞を広めることでもあります。カタリナさん、ノーラさん、僕の家に滞在して下さって構いません。共に失われた聖王遺物を探しましょう」

こうしてトーマスとカタリナとノーラは共に行動することになった。

その日トーマスはベント家の邸宅から出て街の探索の続きをしていた。すると変わった格好をした少女が近づいてきた。

「捕まえた!」
「な、何だこの子は?」
「捕まえたって言ったでしょ!」

トーマスの服を掴んで捕まえたと言って離さない。友達と遊ぶように優しく諭しても友達などいないという。トーマスについていくと言って聞かない少女。仕方なく名前を聞くと少女は少し考えた後、スフレと名乗った。お菓子の名前である。こうしてスフレという少女も仲間に加わった。



トーマスは本腰を入れてクラウディウス家について調べ始めた。ますはピドナのベント家の者に聞いてみる。

今から十五年前、メッサーナ王アルバートが急死した。後継者を指名する間もなく。王国の軍団長達は我こそは次期メッサーナ国王と名乗りを挙げた。その中でも一頭地を抜いていたのが近衛軍団を指揮していたクラウディウス家のクレメンスであった。十年の戦いの後にはクレメンスが王位につくのも間近だと思われた。そこへリブロフの軍団長ルードヴィッヒが現れ、王位を巡ってクレメンスに挑戦してきた。ルードヴィッヒとクレメンスは戦を交えた。戦いはクレメンス軍の勝利に終わったが、その時、クレメンスは神王教徒により暗殺された。クレメンスは王国内での神王教徒の活動を禁じていた為、暗殺されたと言われている。これによりクレメンスの近衛軍団はルードヴィッヒに降伏し、ピドナは彼の手に落ちた。体面を重んじたのかルードヴィッヒはクラウディウス家の者の罪を問わなかった。しかしクラウディウス家の財産は没収され、家族や使用人たちは散り散りになってしまった。

ベント家とクラウディウス家は昔からの友人同士である。ベント家の者はクラウディウス家の人々の消息を気にかけてはいるが、ルードヴィッヒの手前、探し回るわけにもいかないのであった。トーマスが旅に出る時に祖父に言いつけられたのはそのクラウディウス家の人々の消息を探ること。クレメンスには娘が一人いた。その娘の消息を探って欲しいとのことだったのだ。
この話を聞いてノーラは聖王の槍が盗まれたいきさつを思い出した。ルードヴィッヒとクレメンスの戦いの混乱の最中に槍は盗まれた。クラウディウス家の者を探していけば聖王の槍について手がかりが得られるかもしれない。

トーマス達はクラウディウス家について調べた。酒場のピンクの男、道具屋の主人、宿屋の女主人。言われるままに回っていると宿屋に閉じ込められてしまった。

「誰に頼まれてミューズ様のことを嗅ぎまわってる?正直に言わないと生きてここから出られんぞ」
「俺はロアーヌから来たんだ。メッサーナのゴタゴタとは無関係だ」
「失礼しました、トーマス様。我々はこうやってミューズ様に怪しい者を近づけないようにしているのです。ミューズ様はピドナの旧市街でひっそりと暮らしておられます」

ピドナ旧市街。聖王の時代より前からある町である。今はルードヴィッヒに追われた人々が数多く逃げ込んでいるという。クラウディウス家のクレメンスの一人娘ミューズもここに住んでいた。美しく優しいミューズはまるで女神のように思われており、彼女がこの旧市街に来てから、ここの住人は荒んだ心が見違えるように生き生きとしてきたという。
ミューズの家を訪ねると見るからに堅実で生真面目そうな男が立ちはだかった。その男はシャールといい、元はクレメンスの第一の部下だったという。今ではミューズを守りながらこの旧市街で静かに暮らしている。トーマスが名乗りながら今までの事情を話すとシャールは警戒を緩め、奥にいるミューズの元に案内した。ミューズはスラムの子供達におとぎ話を聞かせているところだった。話が終わるとシャールは子供達を外で遊ばせた。生来病弱なミューズはベッドから身体を起こした状態でトーマス達を出迎えた。

「皆さん、お入りになって。久しぶりですわ、こんなにお客様がいらっしゃったのは」
「クラウディウス家の方がこのような所においでとは……私にできることがあればなんなりと。ロアーヌへおいでになってはいかがですか。祖父も喜びます」
「ありがとうございます、トーマス様。せっかくですが私のこの身体ではロアーヌまでの船旅は無理だと思います。それに、ここもそれなりに気に入ってるんです。あの子供達も。シャール、あなたはロアーヌへ行くといいわ。ルードヴィッヒの近くにはいたくないでしょう」
「あなたを一人にしておくわけにはいきません。ミューズ様」
「ありがとう、シャール」

ミューズはトーマスに何か面白い話はないかと聞いてきた。普段からベッドで寝たきりの時が多い彼女は外の話が聞きたいのだそうだ。トーマスは先日のゴドウィン男爵の反乱について話した。嵐の夜にモニカがシノンに現れた時のこと、そのままモニカの護衛としてポドールイへ行くことになったこと、ミステリアスでとらえどころのないヴァンパイア伯爵レオニードのこと、財宝の洞窟の探検のこと。その後、祖父の言いつけでピドナに来ることになり、現在に至る。

「まあ、大変な事件でしたのね。私、ヴァンパイア伯爵の話が気になりましたわ。ヴァンパイアに噛まれれば私の身体も……」
「ミューズ様!」
「冗談よ、シャール」

その時、子供達の一人が入ってきた。ミッチという子供が迷子になり、ゴンという子供が魔王殿の方に探しに行ったという。ミューズはシャールにすぐに追いかけるように言った。トーマス達も同行を申し出る。その時、迷子になったミッチという子供が入ってきた。泣きべそをかいている。ミッチは帰ってきたがゴンがまだ戻ってきていない。トーマス達は急いだ。魔王殿は盗賊やお尋ね者、モンスターの巣と化している。その上この頃は神王教徒が魔王殿の隠し財宝を探し回っている。モンスターを蹴散らしながら進むと、まもなくゴンを発見した。トーマス達に泣きつくゴン。無事救出されたことを知ると、ミューズは安心して休み、間もなく眠りについた。トーマス達も一旦帰ることにした。

クラウディウス家の一人娘ミューズの消息を探ること。トーマスは祖父の言いつけを達成した。時々は祖父に手紙を書こう。他にも様々なことを体験して見聞を広めたい。カタリナとノーラにも協力しなければならない。マスカレイドと聖王の槍の手がかりはまだ見つからない。トーマスはできる限りのことをして二人に協力しようと思った。
カタリナはマスカレイドの手がかりが得られないことに内心焦っていた。そう簡単に見つかるものではない。各地を巡っていればそのうち何らかの情報は入ってくるだろう。ノーラにはそう慰められた。真面目なカタリナはそれでも歯がゆさを感じていた。マスカレイドを取り戻さない限り祖国ロアーヌの地を踏むことは許されない。そして主君であるミカエルの信頼を取り戻すことも叶わない。いや、例えミカエルの信頼を取り戻すことができなくても、ロアーヌ候妃に代々伝わるマスカレイドだけはなんとしても取り戻さなければならない。カタリナは気をはりつめていた。





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