ここはツヴァイクの宿屋。ハリード達の仲間に加わった少年はベッドの中で一人物思いにふけっていた。まだ夜明けには早い。皆まだ寝ている。朝早く目が覚めてしまった少年はサラのことを考えていた。
サラ。淑やかで優しい雰囲気の美少女。彼女の持つ独特の雰囲気が少年の頑なな心を溶かす。少年は今までずっと一人孤独に生きてきた。自分と関わった者はみんな死んでしまう。自分は死神ではないのかと思えてくる。誰かが死ぬのは嫌だ。人が死ぬのは見たくない。少年はずっと他人と関わらないように気をつけて生きてきた。
そんな少年の前に突如現れた美しい少女、サラ。彼女にはどこかしら惹かれるところがあった。そして少年は思わずサラの差し伸べた手を取ってしまったのである。後悔はしていない。だが今までが今までだけに恐れは大きかった。
もう誰かが死ぬのは見たくない。自分のような素性の知れない人間を仲間に加えてくれた人達、ハリード、エレン、そしてサラ。彼らを不幸にはしたくなかった。
サラは何かと少年に話しかけてくる。とても優しく親切である。少年はだんだんサラに大きく惹きつけられるようになった。初めて心を開きたいと思った。サラと一緒にいると胸がドキドキする。サラが傷つくことなんて耐えられない。あの優しい笑顔を失うくらいならどんなことでもしてやるという気になる。サラを――守りたい。少年は自分の心の中に何らかの感情が芽生えているのを感じた。
ハリードは朝起きて朝食を手早く済ませると、一人で出かけていった。エレン達には宿で待っていろというのである。ツヴァイクトーナメント優勝はなかなか厳しい。何か考えがあるのだろうか。ハリードは昼頃になって戻ってきた。
「ハリード、どこに行ってたの?」
「この町には通常の武器屋の他に工房もある。『ツヴァイク武器工房』という場所でいいものを仕入れてきたのさ。これで今度こそトーナメントに優勝してみせる」
ハリードは黄金色の輝きを放つ棍棒を取り出した。
「こいつはゴールデンバットという特殊な性能を持つ棍棒だ。まあ見ていろ。おい、少年、今度はおまえも一緒に参加しろ。俺が先鋒、おまえが次鋒だ」
「は、はい」
「エレンとサラは観客席に行け。俺の戦いぶりを見ているがいい」
ハリードは少年と共にツヴァイクトーナメントに出場した。勝ち抜き方式なのでハリードが敗れない限り少年の出番はない。戦いのルールに制限はなく、何でもありだ。今度こそ優勝なるか?ハリードは試合中、新しく手に入れたゴールデンバットという棍棒を取り出した。
「振り逃げ!」
不思議なことに、ハリードがゴールデンバットで敵を殴ると、ハリードの姿が消えた。敵の攻撃は一切無効である。姿が消えた状態でハリードは続けて攻撃する。敵の攻撃は全く受けずにダメージを与え続け、勝利した。次の試合も、その次も。
「振り逃げ!」
「振り逃げ!」
「振り逃げ!」
戦いのルールは何でもあり。極めて有効な戦略である。が、しかし…
「ハリード…あんた全然カッコよくないわよ…」
エレンは不満そうであった。彼女は勇猛果敢に戦うハリードが好きなのである。
そのうち決勝戦になった。対戦チームはドラゴンズ。ハリードは引き続きゴールデンバットの『振り逃げ』で攻撃する。順調に勝ち抜き、とうとう大将との戦いになった。これに勝てばとうとう優勝である。しかし…
「しまった!技ポイントが無くなってしまった。少年!後は頼んだぞ!」
「えっ!?そ、そんな…」
技ポイントが無くなり『振り逃げ』が使えなくなったハリードはあっさり引き、少年に後を任せた。少年は愛用の刀『東方不敗』を構え、ドラゴンズの大将と対峙する。見るからに強そうで獰猛な唸り声を上げている。果たして勝てるだろうか。少年の背中に冷や汗が流れる。
(く、くそっ!負けるもんか!サラにカッコいいところ見せるんだああっ!)
少年の頭上で電球が閃いた。
ピコーン!
「乱れ雪月花!」
少年は美しく華麗な雪月花を思わせる技を閃き攻撃した。その威力は絶大で、ドラゴンズの大将を見事倒した。とうとうツヴァイクトーナメント優勝である。ハリードと共にやってくる少年をサラは笑顔で迎えた。
「あんなに大きいドラゴンをやっつけちゃうなんてすごい!」
「あ、ありがとう…」
少年は赤面した。
トーナメントの優勝者に与えられるのはツヴァイク公の顔が彫ってあるゴールドメダルと一万オーラムである。メダルの方は悪趣味なのでいらないがハリードは黙って受け取った。それともう一つ、ツヴァイク公から聖王遺物の一つ、聖杯を手に入れてくるように頼まれる。聖杯は現在ポドールイのヴァンパイア伯爵の元にあるのだそうだ。
ポドールイへ行くと聞いてエレンとサラは複雑な表情をした。二人は以前ゴドウィン男爵の反乱の時に行ったことがある。その時には少年もポドールイの酒場にいたのだ。行ったことがないのはハリードだけである。
「またあそこに行くことになるとはね…」
「なんだ、嫌なのか?」
「ポドールイの街はとっても綺麗だけど、伯爵様の城はとっても不気味なのよ」
「なるほどな。まあ、安心しろ。今度は俺も一緒だ」
次の目的地はポドールイ。ハリード達がツヴァイクから出る途中、街並みを歩いていると牧場があった。牛や羊、そして馬がいる。馬を見てエレンは目を輝かせた。
「ねえハリード、ポドールイまでは距離があるわ。馬に乗って行ったらどうかしら。私、乗馬が趣味なの」
「いいだろう。サラも乗れるのか?」
「…ハリード、ごめんなさい。私、乗馬はあまり得意ではないの」
「そうか。少年、おまえは?」
「ぼ、僕は大丈夫です!」
その『ツヴァイク牧場』でハリードは馬を借りた。エレンは嬉々として馬に乗る。サラは不安そうである。それを見てハリードは借りる馬を三頭にした。そして自分の馬に跨るとサラを前に乗せた。
「サラは俺の馬に乗せていく。おまえ達は後について来い」
「あ…」
「行くぞ」
少年は自分の馬にサラを乗せて一緒に走りたかったが、言い出せずに終わってしまった。今度、馬に乗る機会があったら思い切って言ってみよう。
エレンは楽しそうにポドールイへの道のりを馬で進んだ。
「ねえ、ハリード、今度早駆けで競争しましょうよ」
「ああ。だが今はダメだ。サラを乗せているし、少年を引き離してしまってはいけないからな」
「わかってるわ。ねえ、約束よ」
ハリード達は馬でポドールイへの道を進んだ。針葉樹林に雪が積もり、徐々に空気が冷えてくる。ハリード達は美しく神秘的な街、ポドールイに到着した。
「寒いか?サラ。冷えないようにフードをしっかりかぶっていろよ」
「ありがとう、ハリード」
ハリードとサラの親しげなやり取りを見てエレンと少年はそれぞれ険しい表情をする。エレンはハリードを脇道に引っ張り込む。
「ちょっとハリード、随分サラに優しいじゃないの!」
「ん?そうか?別に普通だが」
「いい?サラは私の大事な妹なんだからね!変な手出ししたら承知しないわよ!」
「そういうことなら俺より少年の方に気をつけたらどうだ?おまえだって気がついてないわけじゃないだろう」
ハリードとサラが離れると少年は早速サラに駆け寄る。そして何やら親しげに話している。エレンはそれを見て眉を顰めた。
「だ、大丈夫よ。あの子、奥手そうだもの」
ハリードにとって初めてのポドールイ。しばらくこの美しい街を散策することにした。街の人々から情報も集める。ハリードが気になったのは聖杯に関する情報。ポドールイのヴァンパイア伯爵レオニードは聖王の血を注いだ聖杯を何よりも大切にしているのだそうだ。
「ところで城へ行く前にレオニード伯爵に関する情報をまとめておきたいんだが」
「ミカエル様は下手な人間より信用できるって言ってたけど、下手したら私達も噛まれてヴァンパイアにされちゃうかもしれないのよね。城も不気味だし、本当に信用できるのかしら?」
「だが聖王遺物の一つ、聖杯の所持者であるということは聖王の信頼を受けていたと考えられるな」
「じゃあやっぱり信用できる人物ってこと?いい人に見えるかというと、油断できない雰囲気があるし、でも悪い人に見えるかっていうと…」
「集めた情報によると、もう五百年以上生きているらしい。今となっては聖王を知る唯一の存在で、魔王ですら知っているようだ。そんな長い歳月を生きてきたヴァンパイア伯爵だから、俺達の単純な善悪で判断できる人物ではないんだろうな」
エレンとサラはレオニードのミステリアスな雰囲気を思い出した。妖しいまでの美貌の持ち主。気品があり、尚且つ耽美な雰囲気を漂わせる。何を考えているのか計り知れないところがあり、なんともとらえどころのない人物であった。
「レオニード伯爵は聖杯を何よりも大切にしてるらしいが、そんな大切なものを一介の冒険者に過ぎない俺達に譲ってくれるだろうか?」
果たしてハリード達は聖杯を手に入れることができるのだろうか。
『ツヴァイク工房』『ツヴァイク牧場』はトレードで出てくる物件です。
ゲーム中ではノーラの工房で開発できるゴールデンバットをツヴァイク工房で手に入れたということにしました。
練磨の書の設定資料集によると、エレンの趣味は乗馬なのだそうです。せっかくなので馬に乗るシーンを入れてみました。
『ツヴァイク牧場』は馬を取り扱っている物件だし、ツヴァイクからポドールイまで地図上の距離も少しあるのでちょうどいいと思って。
サラが乗馬が苦手というのは私の独自の設定です。単に相乗りさせたかっただけ。
少年がサラに気があるというのも私独自の設定ですね、はい。
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