ここはピドナ。世界最大の都市である。ハリードパーティーとユリアンパーティーはファルスから船に乗り、ピドナ港へ着いた。トーマスパーティーはドフォーレ商会の悪事を封じた後、一旦ピドナへ戻ってきている。三つのパーティーが現在このピドナに集結しているのだ。

ハリードパーティーは現在ハリード、エレン、サラ、少年、レオニードの五人。
ユリアンパーティーはユリアン、モニカ、詩人、タルト、雪だるま、ポールの六人。
トーマスパーティーはトーマス、カタリナ、ノーラ、シャール、ミューズ、フルブライト、それに怪傑ロビン親子ライムとトラックスが加わっている。

ハリード達はまずトーマスを訪ねてみようと思っているが、これだけの大人数で押しかけるわけにもいかず、『ピドナホテル』に宿をとった。ハリードはトーマスに簡単に挨拶を済ませたら魔王殿へ向かうつもりだった。一方、ユリアン達はピドナで特に用事があるわけではない。ユリアンパーティーはしばらくピドナでゆっくりすることにし、まずはハリードパーティーがトーマスを訪ねることになった。

「よう!」
「やあ、ハリード、久しぶりだな」
「トム、久しぶり」
「エレンもサラも久しぶりだな、よく来てくれた」

トーマスは少年に目をやる。

「君は?」
「あ、あの…」

少年は口ごもり、サラが少年を紹介する形になった。少年はサラの想い人であるトーマスという青年を眺めた。穏やかで大人びた雰囲気の青年。見るからに知的な雰囲気をまとい、しっかりしていて頼りがいがありそうだ。少年はトーマスにぎこちなく挨拶をした。最後にトーマスはレオニードを見て目を丸くする。

「レオニード伯爵!?」

その後、ハリードはこれまでの旅の話を始めた。ミュルスで別れて以来、様々な出来事があった。少年と出会い、レオニードが仲間に加わった。今は四魔貴族と戦いアビスゲートを閉じようとしていることを話すと、トーマスは心配そうな目でサラを見た。

「サラ、君も四魔貴族との戦いに加わるつもりなのかい?」
「うん。だ、大丈夫よ!私、強くなったんだよ!今までだって足手まといになったことなんてないんだから!お姉ちゃんだってついてるし、他の仲間だってみんな私についててくれる」
「しかし…」
「トム、大丈夫よ!サラは私が絶対に守ってみせるから!」
「エレンがそういうなら…でもなー」

トーマスはサラが心配だった。普通に旅をするのと四魔貴族を相手に戦うのとでは別問題である。ハリードなら大丈夫だろう。エレンなら大丈夫だろう。少年は見かけよりずっと腕が立つらしい。レオニード伯は謎に包まれたところがあるが、本人が旅に加わっているのなら大丈夫なのだろう。しかしサラは…
サラの方はここで黙って引き下がるわけにはいかなかった。何せ自分は宿命の子なのだ。それを知ってしまったからには四魔貴族との戦いに加わらないわけにはいかない。だが、宿命の子であることをここで言うわけにもいかず、強情を張っている状態になってしまった。それをハリードがまとめる。

「まあ、俺がいるんだ、問題ないさ。トルネードの名にかけてサラを守ってやる」
「ハリード、頼むよ」

ハリードがついていればサラも無事に帰って来るだろう。そして一回でも四魔貴族との死闘を経験すれば、もうこんな危険なことはやめようと思うだろう。トーマスはそう考えた。

「ところでトーマス、おまえはこのピドナでどんなことをしていたんだ?」

ハリードが尋ねるとトーマスはこれまでのことを話した。カタリナとノーラはそれぞれ聖王遺物であるマスカレイドと聖王の槍を探している。それにトーマスも協力していること。クラウディウス家の娘を探し当てたこと。トレードでトーマスカンパニーという会社を設立したこと。夢魔の秘薬とシャールの銀の手。先日はヤーマスへ渡り、ドフォーレ商会の悪事を封じたこと。その時に知り合った怪傑ロビン親子の話など。トーマスの話を聞いてハリードが気になったのは聖王遺物の銀の手とシャールだった。

「俺達は四魔貴族と戦う為に旅をしている。聖王遺物もできるだけ集めておきたいんだが…」
「シャールにとって銀の手は義手同然だ。あれがあれば以前と同じように右腕が動かせる。それに夢の世界で手に入れたものだぞ」
「その仕組みがよくわからんが、とにかくそのシャールという男に会わせてくれ」



トーマスパーティーはピドナのベント家に滞在している。とはいってもノーラは時々工房に戻っていたし、シャールとミューズも時々旧市街の方へ顔を出していた。ベント家の中庭にシャールとミューズはいた。シャールは槍の稽古をしており、ミューズは中庭のテーブルで刺繍をしていた。

「あらトーマス、お客様?」
「ミューズ様、こちらはハリード。俺の仲間です。シャールと話がしたいのですが、今よろしいですか?」

ハリードは事情を説明した。聖王遺物の一つである銀の手。シャールから譲り受けるなり、シャール自身を仲間に加えるなりしたいところなのだが…

「ハリードと言ったな。申し訳ないが私はミューズ様をお守りするのが第一なのだ。私が四魔貴族との戦いに赴いたらミューズ様はお一人になってしまわれる。そのようなことはできない。銀の手だけあなたに譲ることはできるが、せっかく右腕が自由に動かせるようになったところだからな…」シャールは渋い顔をする。
「ハリードさんと仰いましたね。どうかシャールを連れて行かないで下さい。命を懸けた危険な戦いになるのでしょう?それにせっかく腕が自由に動くようになったのに、銀の手を取り上げるなんて仕打ちをしないで下さい」とミューズ。

ハリードも弱った顔をしたが、すぐに思い切った。

「わかった。もし気が変わったらいつでも来い」



その夜、ハリード達はベント家で夕食を食べてから帰ることになった。トーマスは料理もできる。久しぶりに腕を振るって客人にご馳走しようというのだ。それを聞いてサラは自分も手伝うと言い出した。少年は黙ってトーマスとサラのやり取りを見ていた。

「トムは料理得意だもんね!」
「サラだって料理が趣味じゃないか。俺なんかよりずっと上手だろう?」

楽しそうに笑うトーマスとサラ。それを見て少年は元気をなくしていった。今までサラから聞いたトーマスの話を思い出し、そしてトーマス本人を見る。

トーマスはメッサーナの名族なのだそうだ。家柄も良くて裕福で穏やかな家庭で育っている。その上、博識で周囲の人間からも人望があり、非常に誠実な人柄をしている。もしトーマスとサラが結婚したら――トーマスはさぞかしサラを大切にするだろう。そしてサラはさぞかし幸せになるだろう。名家に嫁ぎ生活に困ることもなく、穏やかで優しい夫から愛され、さぞかし平和な家庭を築くだろう。

少年は惨め気分になった。それを見てハリードがそばにやってくる。

「ハリードさん…トーマスさんは何でも持っていますね。家柄、地位、財産、知識、人望、誠実さ。それに比べて僕は何も持っていない。家も家族も。今まで僕に関わった人達はみんな死んでしまった…僕が持っているのは死神のような特徴だけだ。こんな僕に好きな女の子を幸せにする資格なんてない…」
「トーマスにはトーマスの生き方がある。おまえにはおまえの生き方がある。何も持っていなければそれだけ手に入れることにひたむきになる。自分の幸せを掴む為に必死に生きてみろ。そのうち活路が開けてくる」
「ハリードさん………ありがとうございます」

エレンは何とも言えない気持ちでトーマスとサラ、そしてハリードと少年の様子を見守っていた。レオニードは相変わらず超然とし、沈黙を保っていた。



そして夕食の席。ハリードパーティーとトーマスパーティーがベント家の大邸宅で食事についている。そこにはカタリナもいたのでハリード、エレン、サラは軽く挨拶を済ませる。晩餐では他愛も無い雑談から好きな異性のタイプの話になった。

「私だってまだ若くて身体も健康になったばかりですもの。これから恋の一つでもしたいですわ」

そう言ってミューズはシャールの方をちらりと見るが、堅物であるシャールは全く気づいていなかった。ミューズは肩をすくめた。
そして一人ひとり好きな異性のタイプを話し始める。

「ハリードは?」
「俺は優しい女性が好きだ」
「あ、あら、随分単純なのね」

思わず反応せずにはいられないエレンであった。

「エレンは?」
「私は強い人が好きよ!逆に守ってあげたい人も気になっちゃうけどね」

ハリードは特に何も言わない。エレンは残念に思った。

「トーマスは?」
「俺は芯のしっかりした女性が好きです」

少年はサラが当てはまっているように感じた。

「サラは?」
「私はね、『自分と価値観が同じ人』」



その夜、少年はベッドの中で今日のことを思い返していた。サラの好きな異性のタイプは『自分と価値観が同じ人』。それならトーマスよりも自分の方が当てはまっているように感じた。少しだけ元気が出た少年は四魔貴族との戦いに向けて、改めて気を引き締めるのであった。





アラケスと戦う前にストーリーとして登場人物をまとめておかなければと思い、書いた話です。
私の好きなキャラはハリードで、トーマスはそれほどでもなかったのですが、こうやってみると、トーマスってなかなかにパーフェクトなキャラなんですねえ。トーマスが好きだという人達の気持ちがわかりました。



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