カタリナはピドナの街を歩いていた。昨日ハリードからモニカがこのピドナの街に滞在していることを聞いたのだ。モニカは現在ユリアンという男と旅をしており、ハリード達と一緒に船でピドナに来たばかりなのだという。モニカはツヴァイク公の子息との縁談から逃れる為にユリアンと駆け落ちした。その情報は聞いていたが、今まではモニカのことが心配なだけだった。しかし当の本人がピドナに来ているのなら、とにもかくにもカタリナはモニカに会いにいくことにした。



モニカは『ピドナホテル』にいた。カタリナが会いに行くと嬉しそうな顔で出迎える。

「カタリナ!」
「モニカ様…」

カタリナはモニカの傍らにいるユリアンを厳しい表情で見た。ユリアンは思わず構える。ユリアン=ノール。ゴドウィン男爵の反乱の際、モニカを守ってくれたシノンの開拓民。カタリナがいなくなった後モニカのプリンセスガードに選ばれた男。純朴で正義感の強そうな若者だが、モニカの相手として相応しいかどうかは別である。

「モニカ様、久しぶりに二人でお話をしたく存じます」



モニカとカタリナは再会を喜んだ後、自分達の今までのいきさつを話した。カタリナはマスカレイドの手がかりを探して現在トーマスと一緒に行動している。モニカはユリアンと駆け落ちした後、世界を旅して回り、どこか安心して住める場所を探しているのだという。

「モニカ様、もうロアーヌに戻るおつもりはないのですか?」
「ええ。カタリナはマスカレイドを取り戻したらロアーヌへ帰るのでしょう?お兄様にはよろしくお伝えして頂戴。私はもう候女ではないの。一人の女として自由に生き、自分の幸せを見つけたいの」
「しかしミカエル様はさぞかし心配していらっしゃるでしょう」
「でもロアーヌへ帰ったらまた縁談の話に戻るわ。それにユリアンだって私を逃がした罪で罰せられてしまう。お兄様に二度と会えないのは寂しいけれど、私は私の道を行きます」
「モニカ様はあのユリアンという男を好いているのですね」

モニカはしばらく穏やかに目を閉じた。

「カタリナ、私はユリアンを愛しているのです。彼は私を守ってくれます。外の世界が不慣れな私にいつも優しく接してくれます。私達は愛し合っているのです。これからもずっと、どんなことがあっても彼と共に生きて生きたいの」
「…………………………」

カタリナから見ると、モニカとユリアンは成り行きで一緒になったように見える。たまたまプリンセスガードとして自分のそばにいた男と駆け落ちした。ユリアンの方もたまたまモニカの望む通りに行動した。縁談の相手、ツヴァイク公の息子は評判の良くない男である。モニカの真の幸せを願うなら本当に好きな相手を探すべきであるが、果たしてユリアンはモニカに相応しい相手だろうか。

カタリナは今度はユリアンに会いに行った。強張った表情のカタリナを見てユリアンは居住まいを正した。

「ユリアン=ノールと言ったわね」
「は、はい!」
「私と手合せをしなさい。あなたの剣の腕前を見せてもらうわ」

そう言うとカタリナはツヴァイハンダーを抜いた。ユリアンは戸惑いながらブロードソードを抜く。ユリアンが剣の構えを取ると同時にカタリナが攻撃を仕掛けてきた。カタリナは十五歳にしてロアーヌ候女の侍女兼ボディガードに選ばれるほどの剣の達人である。当然、強い。ユリアンはシノンの開拓民。辺境の村で農耕を行っていた村人である。正式な剣技を習ったカタリナと戦うのは分が悪い。しかしユリアンもこれまでの冒険で実戦経験を積み、モニカを守る為に日々剣の訓練は怠っていない。必死になって応戦した。武人であるカタリナは剣を交えることで相手のことが見えてくる。ユリアンは決して器用な人間ではない。世渡り上手の要領の良さとは無縁で、駆け引きなども苦手そうだ。そんなユリアンの裏表のない誠実さやひたむきさが伝わってきた。

カタリナは剣をひいた。

「あなたもモニカ様のことが好きなの?」
「は、はい!俺はモニカ様を愛しています!誰よりも!一生大切に守り抜いてみせます!」
「…………………………」

カタリナはこれ以上は自分が介入すべきことではないと判断した。二人のことはいずれミカエルに知れるだろう。ユリアンは真面目にモニカを想っている。真剣な眼差しからそれが伝わってくる。カタリナは黙って立ち去った。



カタリナが立ち去った後、トーマスがやってきた。トーマスもまたハリード達からユリアンとモニカがこのピドナにいることを聞いたのである。久しぶりに再会し、これまでの話をするユリアンとトーマス。ユリアンがモニカと駆け落ちして旅をしている一方、トーマスはトーマスカンパニーの社長として手腕を発揮していたのだ。幼馴染みのエレンとサラのことも話すと、二人とも感慨にふけった。

「俺達、すっかり変わっちまったよなあ。シノンにいた頃が懐かしいよ」
「あれからみんなばらばらになっちまったな。トムは今や社長か」
「そしておまえはモニカ様と駆け落ち。今じゃお姫様の恋人だもんな」

ユリアンは思わず顔を赤くした。

「さっきはカタリナさんがやってきた。俺と剣の手合せをした。強かったぜ。さすがはモニカ様の侍女兼ボディガードだ。なあトム、俺、本当にモニカ様に相応しい男なんだろうか。プリンセスガードになって、モニカ様を守って、そしてモニカ様の為を思って駆け落ちして。俺としては出来る限りのことをしてきた。でもいつかはモニカ様と引き裂かれる時がくるかもしれない。ミカエル様に見つかって、モニカ様にはもっと相応しい結婚相手が見つかって、俺はモニカ様を逃がした罪で罰せられて…」
「弱気だな、ユリアン。これまでの旅でモニカ様を必死に守ってきたんだろう?それにモニカ様はおまえのことが好きなんじゃないのか?」
「あ、ああ」
「おまえはモニカ様の気持ちに応えたいと思っているんじゃないのか?おまえがモニカ様を好きだという気持ちは本物か?」
「……モニカ様の幸せの為ならどんなことでもしたい。俺はそう思っている。モニカ様が俺を一人の男として愛してくれているというのなら、俺は全力でそれに応えたい。俺は一生モニカ様を守って生きていきたい」
「じゃあもう答えは出てるじゃないか。おまえは十分モニカ様に相応しい男だよ」
「そ、そうかな?」

ユリアンは真っ赤になって頭をかいた。モニカのような美しいお姫様はユリアンにとって憧れだったが、まさか一人の男として恋い慕われるなど思ってもみなかったのである。北の果て、雪の町でのオーロラの景色。あの最中にモニカと愛を誓った。モニカが自分を愛してくれるというのなら、ユリアンもまたモニカを愛そう。誰よりも深く。

「本当に変わっちまったよな。エレンにふられてばかりだった頃が嘘のようだ」
「ト、トム!」
「エレンはエレンで好きな男ができたみたいだし。本当にみんな変われば変わるもんだ」
「エレンは強い男が好きなんだな」

二人共エレンのことは気づいていたが、直接指摘しようものなら全力で否定するので黙っている。強くて頼りがいがあり、大人の魅力溢れるいい男。ハリードの方は果たしてエレンのことをどう思っているのか。

「ところでユリアン、サラのことなんだが…」
「どうした?」
「どうしたもこうしたもないだろう!エレンはともかく、サラまで四魔貴族と戦おうなんて無茶を言ってるんだぞ!おまえは止めようとは思わなかったのか?」
「ああ、トムはサラのことが心配なんだな。俺はしばらく一緒に旅したけど、ハリードもエレンも少年もレオニードもかなり強いから大丈夫なんじゃないか?」
「まあ、ハリードやエレンが一緒なら大丈夫だとは思うが……」

アビスゲートが復活したとはいっても、どこまで世界が危険な状態になっているのか、今一つ実感が無い。トーマスも四魔貴族がどれほどの強敵なのか、わかっているつもりでわかっていない。無理にサラを引き止めるようなことはしなかった。強い戦士や姉のエレンがついているのならいいだろうと思って。

「そういえばユリアン、モニカ様と旅をしているのはわかったが、他にも仲間がいると聞いたぞ。どんな人達なんだ?」
「よければ紹介するぜ。北の地で出会った生き物の雪だるまなんて変わった奴もいるけどな」

ハリードやユリアン達から聞くオーロラの話はトーマスにとって興味をそそられるものであった。生き物のようにしゃべって動く雪だるまというのも。興味津々で会いに行くとそこには――

「スフレ!?」
「あっ!トーマス!」

雪だるまはタルトと遊んでいるところだった。ユリアンは困惑した。トーマスとタルトは知り合いのようだが…ユリアンパーティーは一度集まった。そしてトーマスが事情を説明する。タルトは以前スフレと名乗ってトーマスと一緒にいた。短い期間だったが。その後、トーマスがトレードでリブロフに行くと言ってからピドナを飛び出してそれっきり。その後スフレと名乗っていた彼女は今度はタルトと名乗り、今までユリアン達と行動を共にしていたのだ。

「スフレにタルトか。どっちもお菓子の名前だな。まあ本名じゃないとは思ってたけど」
「フンだ!別にいいじゃん。ユリアン!リブロフに行くのは絶対ヤダよ!リブロフに行くっていうなら仲間から外れるから!」
「タチアナ。これが君の本名だね?」

トーマスがそう言うと、タルトはぎくりとした。トーマスは穏やかに話をした。トレードでリブロフに行った際、ラザイエフ商会へ立ち寄った。その時に知ったのである。スフレと名乗っていた少女はタチアナ=ラザイエフ。ラザイエフ商会の末娘だということ。家族の仲が険悪なのに嫌気がさし、現在家出中だということ。事情を聞いたユリアン達はタルト――タチアナを家に帰るように説得する。むくれてしまうタチアナ。家に帰るのは嫌だとだだをこねる。親が心配していると言ってもそっぽを向いてしまう。

「私はカッコいい冒険者と旅をしたくて家を出たの!」
「それならもう十分じゃないか。ハリードみたいなカッコいい冒険者と一緒に北の地で大冒険したじゃないか」
「とにかく!家に帰るのはヤダッ!」

その後、ユリアンはこっそりトーマスに言った。

「当分は俺達が面倒を見るよ。家に帰りたくなったらすぐにリブロフに連れて行くから」
「そうか。スフレ――タチアナを頼んだぞ」





アラケスと戦う前に一通り今まで登場したキャラのストーリーとしてのまとめが必要だと思ったので書いた話その2。
自分が考えた、このストーリーだとカタリナはどう行動するかな?ユリアンは?トーマスは?などと考えて書いてみました。
それとタチアナについても。仲間達にリブロフから家出した事情が一通りわかるようにしました。



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