ルーブ山地の奥には巨竜グゥエインの巣があった。グゥエインはハリード達を見てもさして興味を示さなかった。

「なんだ、人間か。帰れ」
「ビューネイを倒すのに協力しないか?」

ハリードは四魔貴族と戦い、アビスゲートを閉じる旅をしていることを話した。

「アビスゲートは開き始めているが魔貴族自身が通り抜けてくるには小さすぎる。それで奴らは、己の影をこの世界に送りこんできている。宿命の子を見つけだし、ゲートを完全に開くつもりだ。そうなれば、ゲートを閉じることは出来なくなる。今のうちということだ」
「何?俺達が戦って倒したアラケスは影だったのか?」
「そうだ。本体はアビスの向こうにいる。ゲートを完全に閉じてしまえば奴らはもうこっちへやってくることは出来ない。本体を倒さなくてもゲートさえ閉じれば問題あるまい」

アラケスが本体ではなく影だったことについてハリードはしばらく考えていたが、やがてグゥエインに協力を申し出た。

「母ドーラは聖王と共にビューネイを倒した。だが、最後には聖王に殺されたのだ。人間とは勝手なものだ。だが、ビューネイが我が物顔でこの空を飛び回るのは我慢ならん。協力してやってもいいぞ。さあ、乗れ!」

ハリードはグゥエインの背に乗った。グゥエインは空高く舞い上がり、ビューネイの元へ向かった。
ビューネイはあらゆる攻撃を駆使してきたが、ほとんどグゥエインが引き受けた。ハリードも多少ダメージを受けたが、ビューネイの攻撃などものともしない。ハリードとグゥエインは絶妙なコンビネーションでダメージを与えていった。グゥエインが炎や冷気のブレスを吐いた後にハリードが斬りかかる。

「分身剣!」

ハリードの曲刀カムシーンがうなる。ハリードの戦いぶりと黒い竜であるグゥエインの戦いぶりはまさに漆黒のトルネードであった。

「ツインスパイク!」

ハリードとグゥエイン。人と竜が意気投合して繰り出される攻撃。彼らは戦いを通じて友情が芽生えていった。彼らの攻撃に圧倒されたビューネイはまもなく敗れた。
ハリードはビューネイのアビスゲートを閉じた。そしてグゥエインの背に乗ったまま元のルーブ山地へ戻る。自由に空を駆け巡るのは快感だ。グゥエインに乗ればどんな場所へもひとっ飛びだ。
ルーブ山地ではエレン達が待っていた。仲間達は勝利を祝う。初めての竜との共闘。まだ高揚感が抜けない。グゥエインの方もハリードに心を開いたようだ。

「ビューネイの影など相手にもならなかったな。俺の背に乗りたければいつでも来い!」

ハリードとグゥエインは豪快に笑った。



魔龍公ビューネイを倒した。アビスゲートはあと二つ。



グゥエインに別れを告げると、ハリード達はバンガードへ向かった。途中まで一緒だったユリアン達と合流する。ユリアン達もハリードの勝利を祝った。詩人がまた歌を歌い出す。

「死食が産んだアビスゲート 世界の平和を守る為 閃く技がビューネイを斬る 戦え僕らのハリードー!」



バンガードで宿を取り、一休みするハリード達。ハリードはかなり機嫌がよかった。グゥエインと共に戦って以来、気分が高揚したままだ。そんなハリードを少年は黙って見ていた。

(ハリードさんはすごいなあ。聖王様と同じことをやっている。どうして僕が宿命の子なんだろう。ハリードさんみたいなすごい人ならいいのに)

どうして自分は宿命の子として生まれたのだろう。どうしてサラも宿命の子として生まれたのだろう。サラも少年も性格的に大人しくて引っ込み思案である。魔王にも聖王にもなるとは思えない。サラと少年の宿命の子としての役割は一体何なのだろう。
そんなことを考えながら眠りについた少年はその晩――悪夢を見た。

今まで少年に関わった人間は皆、死んでしまった。少年を助けようとした人も、殺そうとした人も。善人悪人関係なく関わった人間が死んでしまう悪夢。今まで少年に関わった為に死んだ人々が走馬灯のように駆け巡る。血みどろの過去。そして今度は新しく出会った人達までが悪夢に出てきた。ハリードが倒れている。エレンが倒れている。レオニードが、ユリアン達が、トーマス達が。そして――サラが。

「うわあああああっ!!!!!」

悪夢にうなされた少年が飛び起きると、既に朝だった。ベッドの周りには仲間が集まっていた。ハリード、エレン、レオニード、そしてサラ。

「大丈夫か?相当ひどくうなされていたぞ」
「ハリードさん……心配かけてごめんなさい……」
「大丈夫?」

サラが心配そうな顔で覗き込む。少年は汗をびっしょりかいていた。そして涙が出てきた。ぐっとこらえようと思っても後から後から出て来て止まらない。

「今まで僕に関わった人はみんな死んでしまった。ハリードさん達だって、もしかしたら…もしかしたら…」
「落ち着け」
「そうよ。大丈夫。私と出会ってからのことを考えて。誰も死んでないでしょ?ね?」

サラは少年を安心させようと、優しく手を握った。確かにサラと出会ってからは誰も死んでいない。関わった人間が全て死ぬというあまりにもむごい出来事の連鎖はサラとの出会いにより止まっている。サラ。もう一人の宿命の子。アビスの魔物はサラのことを例外的に生まれたと言っていたが、彼女は何か特別な存在なのだろうか。

エレンも少年のそばに行き、優しく抱きしめた。苛酷な運命の元に生まれた少年を、エレンは心から同情していた。もし自分が少年と同じ目に遭っていたら、とてもじゃないが明るく振る舞うことなど不可能だろう。

やがて少年は落ち着きを取り戻した。ハリード達は改めて宿命の子というものについて考える。

「死食でたった一人生き残った宿命の子の特徴は関わった者全てを死に追いやる、か……」とハリード。
「ひどすぎるわ。そんな特徴を持っていたら誰だって明るく生きることなんてできないじゃない」とエレン。
「六百年前は宿命の子は魔王になっちゃったんだよね。人の死ばかり見てて気がおかしくなっちゃったのかもしれない」とサラ。
「むしろ聖王が偉大過ぎるんだろうな。言い伝えによれば、魔王のことを思い出した人々は初め聖王を殺そうとしたらしいぜ。そんな目に遭ってよく聖王なんて呼ばれる偉業を成し遂げたもんだ」とハリード。
「僕は…僕は…そんな立派な人間にはなれない…」
「少年、おまえは宿命の子だろう。恐れてばかりいても道は切り開けない。魔王聖王とは違った、おまえ自身の道を進めばいい。いいか、俺と一緒に来ることに決めたのはおまえ自身だ。四魔貴族との戦いがどうなるかわからんが、俺達は仲間だ。何があっても一蓮托生だぞ」
「はい…」

ハリード、エレン、サラ、少年の四人をよそに、レオニードは一人過去に思いを馳せていた。長い時を生きるヴァンパイア。聖王を直接知る唯一の存在。

(死食……六百年前から始まった忌まわしき現象……この死の連鎖は今後も繰り返されるのか、それとも……此度の宿命の子が二人であることは何か特別なことが起きる前兆なのだろうか……興味深い。運命の担い手として彼らと共に戦い、この世の行く末を自らの目で確かめよう)

レオニードはレオニードで自らの意志でハリード達の旅に加わっていた。



一方、ロアーヌでは先日ビューネイとの戦いに敗れたミカエル達がいた。ロアーヌの家臣達はミカエルが生きていたことを喜んだ。シャールの帰りを待っていたミューズも。その後、ビューネイは倒され、アビスゲートが閉じられたことがわかった。どうやらハリードはグゥエインの協力を得ることに成功し、ビューネイとの戦いも勝利をおさめたようだ。ミカエルはビューネイ戦で負った傷の治療をしながら施政をやり、国の立て直しを図った。ミカエルのお供をしたトーマス達も、ビューネイの件が解決したので、またピドナへ戻ることにした。ミカエルはトーマスにモニカの消息を知らないか尋ねたが、トーマスは黙っていた。ミカエルも深く追及することはしなかった。

「トーマスよ、もし今後モニカに会うことがあったら伝えてくれ。もう政略結婚を強いることはせぬし、ユリアンを罰することもせぬ。いつでもロアーヌへ戻ってくるがよいと」
「ミカエル様……かしこまりました」

ミカエルにとってモニカはたった一人の大切な妹であった。今でもそれは変わらない。今後もモニカを探すことをあきらめるつもりはなかった。





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