フォルネウスを倒したハリード達はバンガードで元の大陸に戻ることにした。動く都市となったバンガード。今後はどうするのか。ハリードは操縦をバンガード市長――キャプテンに任せた。キャプテンはしばらくこのまま西大洋沿岸を移動してみるつもりらしい。
陸地に着き、バンガードを降りるハリードパーティー。ユリアンパーティーとカタリナパーティーも同行している。

「ユリアン、俺とカタリナはピドナに戻る。おまえはどうする?」
「そうだなあ。俺とモニカはなるべくロアーヌやツヴァイクから離れた場所に行きたいんだ。そうなるとこの辺の町がいい」
「俺達はウィルミントンから船でピドナに戻る」
「そうか。ウィルミントンでしばらくのんびりするのもいいな。よし、途中まで一緒に行こう」

一行はウィルミントンへ向かった。

「よし、今日はここで泊まって明日ピドナ行きの船に乗ろう」

ウィルミントンの『ホテルバイロン』に宿を取り、くつろぐ一行。エレンも戦いの疲れを癒していた。ホテルの食堂でのんびりとしていると、ユリアンが酔っ払いに絡まれているのに気づいた。ユリアンはひたすら謝っている。隣にいるモニカは不安そうにしていた。酔っ払いが行ってしまうと、エレンはユリアンのところへ行った。

「ちょっとユリアンどうしたのよ」
「さっきの人とぶつかっちゃってさ」
「でもぶつかったのはあの方の方ですわ。ユリアンが謝るのはおかしいです」とモニカ。
「いいんだ、モニカ。俺が謝っておけば丸くおさまるんだから。争いごとは苦手なんだ」
「あんたって昔からそうよねえ。モンスターとの戦いならいいけど、人間同士の争いごとになると急に及び腰になるのよね」とエレン。

ユリアンは頭をかいた。争いごと、もめ事はユリアンの苦手とするところである。

「人と争うのは苦手だ」
「まあ。ユリアンは優しいのね」
「ありがとう、モニカ」
「モニカ様、甘いわ!生きていれば人と争わなきゃならない時だってあるのよ。『優しい』のと『情けない』のとは違うわ。ユリアン、あんた情けない男にならないように気をつけるのね。もし争いごとに巻き込まれるようなことがあっても、しっかりとモニカ様を守るのよ!」
「あ、ああ。もちろんさ」

事件が起こったのはそんな矢先である。

「キャー!助けてー!」
「タチアナ!?」

ユリアン達が見ると、タチアナが何者かに攫われていく。慌てて後を追う。

「ま、待て!おまえ達、タチアナをどうするつもりだ!」
「丁度いい。それではおまえに伝言を頼もうか。ラザイエフ商会の当主に伝えろ。娘の命が欲しければアビスリーグに加盟しろとな」
「な、何だって?」

その男はもがくタチアナを縛り、あっという間に連れ去ってしまった。

「タチアナ!」



タチアナはリブロフのラザイエフ商会の末娘である。そしてトーマスから話を聞いたところによると、現在商人の間ではアビスリーグという同盟がトレードの世界を脅かしているそうだ。トーマスやフルブライトが必死になっているが、アビスリーグに加担している物件は減らしても減らしてもどんどん増えていく。下手をするとこちらの物件を奪われることすらある。アビスリーグはあくどい商売ばかりしており、どんな卑怯な手も平気で使うそうだ。脅されて仕方なく加盟した物件もあったらしい。ラザイエフ商会も大きな商会だ。今のところアビスリーグには加盟していないが、その為にタチアナが狙われることになったようだ。

「タチアナを攫った連中は船でピドナに向かったらしい。俺達も次の便でピドナに行くぞ」

事情を聞いたハリードは仲間達全員を仕切ると、ピドナ行きの船に乗った。
ピドナへ着くと、一行はトーマスを訪ね、タチアナが攫われたことを話した。トーマスは直ちにラザイエフ商会と連絡をつけ、タチアナが攫われた場所を探した。監禁場所を探すのにそれほど時間はかからなかった。アビスリーグの手の者はモンスターも引き入れていたが、ハリードパーティー、ユリアンパーティー、カタリナパーティー、トーマスパーティー、これだけの手練れの者が集まっていれば敵ではなかった。ラザイエフ商会の当主であり、タチアナの父親であるアレクセイ=ラザイエフは娘を発見すると急いで駆け寄り、抱きしめた。

「タチアナ!無事でよかった!怖かったろう?さあ、父さんと一緒に家に帰ろう」
「パパ…」

タチアナは特に乱暴されたわけではなかったようだが、怖い思いはしたらしい。しばらくの間、怯えていた。しかし、父親が家に帰ろうと言うと、

「…ヤダッ!」
「タチアナ!」
「どうせみんな喧嘩ばかりしてるんでしょ!」
「そんなことはない。兄さんも姉さんもみんなおまえのことを心配しているぞ」

タチアナの父親アレクセイは一生懸命娘を説得するが、タチアナは取り合わない。

「私には旅の仲間がいるもん!まだ帰らない!」
「『まだ』ということはいつかは帰ってきてくれるんだね?」
「パパ、私が帰るまでにお兄ちゃん達しっかり仲直りさせておいてね。みんなが元の仲良しに戻ったら…そうだね、私の十五歳の誕生日には帰るから!」
「そうか…わかった。兄さん達とはこれからきちんと話し合っておくからな。今度のおまえの誕生日には、おまえの大好きなケーキとお菓子をいっぱい用意して待ってるぞ!」

こうして、今回のタチアナ誘拐の件と、タチアナの家出の件はひとまず解決したのであった。

「ユリアンさん、娘をよろしくお願いします」
「はい!」

ユリアンやトーマス達に丁寧に礼を言うと、タチアナの父アレクセイはリブロフへ帰っていった。
その後、フルブライトがユリアンパーティーに話があるとやってきた。

「ユリアン、君の事情はトーマスから聞いているよ。ロアーヌからもツヴァイクからも離れた場所を探しているそうだね。どうだろう、しばらくウィルミントンに滞在しないかい?タチアナの件もある。ウィルミントンだけはアビスリーグの魔の手がかからないように手を打っておこう。しばらくあの町でのんびり過ごすといい」
「フルブライトさん、ありがとうございます!」

こうしてユリアンパーティーはしばらくウィルミントンへ滞在することになった。



タチアナの誘拐事件が解決し、ユリアンパーティーが船でウィルミントンへ向かった後だった。トーマスが息せき切ってカタリナのところへやってきた。

「カタリナさん!マクシムスについて調べがつきました!マスカレイドを奪ったのは奴に間違いありません!」
「何ですって!」

トーマスはカタリナとノーラに協力して、ずっとマスカレイドと聖王の槍の手がかりについて探していた。トーマスカンパニーの情報網でもなかなか手がかりは得られなかったのだが、先日マクシムスが怪しいという話を聞いて調べてみたのだ。神王教団のピドナ教長マクシムス。彼の正体は海賊ジャッカル。教団を隠れ蓑にして数多くの悪事を続けていた。ここ数年、聖王遺物と魔王の遺物に興味を持ち、集め始める。いずれも手段を選ばぬやり方で手に入れたものばかりだそうだ。聖王の槍もノーラの工房の親方を殺して奪い取り、マスカレイドもカタリナをだまして奪ったのだ。

「マスカレイドの手がかり………やっと見つけたわ!マクシムス、許さない!」
「親方の仇………とうとう見つけたよ!カタリナ、行こう!」

マクシムスの正体が海賊ジャッカルだということについてはブラックが証人になってくれるだろう。カタリナはピドナの神王教団に向かおうとした。マクシムスは毎日信者を集めて説教をしている。明日はちょうどルードヴィッヒを招くことになっているそうだ。現在のピドナの権力者ルードヴィッヒ。彼の前で告発を行えばマクシムスも行き場を失うだろう。

一方、ハリードはそれを聞いて眉間に皺を寄せた。ハリードパーティーはアビスゲートを閉じる旅をしている。四魔貴族と戦うからには聖王遺物も集めた方がいいということで、聖王遺物を探していた。マクシムスという男が残りの聖王遺物を持っていることはわかった。ここはカタリナに協力したいところだが、ハリードはルードヴィッヒとは関わりたくなかった。

「ルードヴィッヒとは昔いろいろあってな。奴と顔を合わせるのはまずい。悪いがカタリナ、マクシムスの告発はおまえが行ってくれ」
「わかったわ」

カタリナパーティーはマクシムスの元へ向かうことにした。



神王教団の名を聞いて以来、ハリードは一人で考え込んでいることが多くなった。祖国を滅ぼした憎い宗教団体。ローブを着た信者を見るのも嫌なくらい、ハリードは神王教団を嫌っていた。マクシムスから聖王遺物を手に入れるには、その教団と少しでも関わることになる。神王教団。三度目の死食の生き残りである宿命の子は魔王や聖王を超えた神王になると信じて疑わない宗教団体。宿命の子である少年の姿が頭をよぎる。もし少年が宿命の子であることが公になれば厄介なことになる。アビスの魔貴族達は既に少年のことを知っている。今は仲間内だけの秘密にしているものの、いずれ皆に知られることになるかもしれない。神王教団。ハリードはずっと教団に復讐する機会を狙っていた。

神王教団。マクシムス。聖王遺物。アビスの魔貴族。宿命の子。

ハリードの中で様々な思いが渦巻いていた。明日はカタリナがブラックを連れてマクシムスの告発に行く。それをきっかけに大きな波紋が広がっていくことになるのだった。





練磨の書によるとユリアンは争いごとが苦手なのだそうです。それでちょっと会話を入れてみました。
アビスリーグネタとして、タチアナの話を考えてみました。
さて、次回はマクシムスのイベントです。



次へ
前へ

二次創作TOPへ戻る