ロアーヌでは遠征から帰還したミカエルが施政を続けていた。神王の塔のトラブルもひとまず解決した。神王教団とも話がついた。結果として国庫に50万オーラム増えたことを考えると今回の遠征は成功ということになるのだろう。しかしミカエルは世界が今後どうなっていのか、不安を感じていた。モニカの行方もわからない。世界全体の先行きが不安な中、ミカエルはロアーヌを守らなければと思った。
ふと、神王の塔で再会したカタリナを見る。生来真面目なカタリナは、今でも忠実にロアーヌに仕えている。その様子からはもう二度と同じ過ちはしないとの決意が伝わってくる。真面目で一途、意思が強いカタリナ。ミカエルはそのカタリナのバッサリと切ってしまった髪を眺めた。

「カタリナ、髪を伸ばしたらどうだ?今の髪型もいいが長い髪もよかったぞ」

カタリナはしばらくどう答えたものかと考えていたが、

「いえ、今のままで」

髪を伸ばす気はなかった。ミカエルはそれ以上何も言わなかった。少しでもミカエルの注意を惹くことができたというのに、そっけない返事をしてしまった。しかしカタリナはやはり髪を伸ばす気にはなれなかった。マスカレイドを奪われた失態を思い出すと、今しばらくはこのままでいたい。
無事マスカレイドを取り戻しロアーヌに帰ったカタリナは、今はひたすらミカエルに忠実に仕えていた。

ミカエルのパーティーメンバーは現在ウォードと偽ロビンことトラックスである。ウォードはミカエルがロアーヌ候であることと、自分とは遠縁の関係にあることを知っているので、ミカエルに対して遠慮のない態度を取る。

「よー、ミカエル。あのカタリナって姉ちゃんはなかなかの美人じゃねえか。マスカレイドの持ち主ってことは将来のロアーヌ候妃なんだろ?」
「何?」
「違うのか?聖剣マスカレイドは代々ロアーヌ候妃に授けられる短剣だろ?いずれはあの姉ちゃんを妃にと考えてるんだと思っていたんだが」
「父上はモニカを護衛する為にカタリナにマスカレイドを託したのだと思っていたが……」
「ロアーヌ候妃が持つ剣を護衛の為だけに託したりするものか?」

ウォードに指摘され、ミカエルは改めてマスカレイドの所持者について考えた。ロアーヌ候妃以外の女性が持つ方が不自然ではないか。

「ミカエル、おまえも案外鈍いんだなー」
「私は今までロアーヌ侯爵として気を張りつめて生きてきた。女のことなど考える暇はなかったからな」
「君主は妃を娶るものだ。おまえももう二十七歳だろ?そろそろ考える歳じゃねえか」
「そうだな……」
「おまえはどんなタイプの女が好みなんだ?」
「文武に優れ、かつ美しい人だ」
「理想が高いな。完璧主義のおまえらしいや。でもあのカタリナって姉ちゃんはちょうどその条件を満たしてると俺は思うぜ」

日頃、冷静沈着な態度を崩さないミカエルだったが、この話には動揺を示した。ミカエルは今までカタリナという人物を非常に信頼していた。しかしそれは一人の女性として意識していたのではなかった。

それはミカエルがカタリナという一人の女性に対して意識が揺れ動いた、初めてのことだった。



ここはウィルミントン。ユリアンとモニカはフルブライトの計らいでこの町に滞在していた。フルブライトが所持する別荘の一つに住まわせてもらっている形である。モニカは花の世話が趣味である。別荘の庭に咲いている花を自ら手入れしていた。ユリアンはそんなモニカを穏やかな目で見ていた。淑やかで優しいモニカが花の世話をする姿は絵になっている。ユリアンは花の種類にはあまり詳しくなかったが、モニカが咲かせた花はどれも綺麗だった。一つの別荘にある庭という小さな、狭い空間の中で、色とりどりの花がそよ風に揺られて美しく咲き乱れていた。
そうしているとモニカが急に悲鳴を上げた。

「キャッ!」
「どうしたんだ?」
「クモが…」

モニカはクモが苦手である。どこからか現れたクモを見て怖がっていた。ユリアンが見ると、毒グモではない、小さなクモだった。

「何もしないよ」

恐がっているモニカを安心させるように言うと、ユリアンはクモをそっと追い払った。クモがいなくなるとモニカはほっとした。

「ありがとう、ユリアン。花の世話も終わったわ。ねえ、ユリアン、一緒に日光浴をしない?」

モニカは日光浴が好きだった。昼の最中、暖かい太陽の光を浴びながらゆっくりと過ごす時間。ユリアンはモニカの隣に座った。
争いごととは無縁の、穏やかな時間。暖かい太陽の光を浴びて、そよ風に揺られて、ユリアンとモニカは二人だけの時間を過ごしていた。

「ユリアン、あなたと二人でずっとこうしていたいですわ。ここはとても平和。このまま時が止まってしまえばいいのに」
「モニカ……」
「ユリアン……」

寄り添う二人を遠くから見つけたタチアナ。

「うわあ、二人共お熱いね~、みんな、邪魔しちゃダメだよ!」

ユリアンとモニカの様子を見たタチアナは慌てて他のメンバーを外に連れて行った。

一組の相思相愛の男女の、穏やかな時間。



一方、ここはピドナ。こちらにも穏やかな一日を過ごす男女がいた。シャールとミューズである。
彼らはトーマスと共に行動している。先日は神王の塔へ行き、一騒動の後やっとピドナへ帰ってきたところだ。今は束の間の休憩。一息ついたらトーマスはまたアビスリーグを壊滅させる為、世界中をまたにかけて旅を始める。シャールはミューズの身体を常に心配していた。

「ミューズ様、砂漠への旅は疲れたでしょう。ゆっくりお休みになって下さい」
「大丈夫よ、シャール、これでもだいぶ元気になったのよ」

ピドナのベント家。そこはトーマスパーティーの本拠地である。シャールは庭で槍の稽古をしていた。ミューズはシャールの稽古をじっと見ていた。

「ねえ、シャール」
「どうしました?ミューズ様」
「あなたもこっちへ来て一緒にお座りなさい。今日はいいお天気。お日様も出ているし、風も気持ちいいわ」

真昼の太陽の光を浴びたミューズは光り輝かんばかりに美しい。銀髪がそよ風に靡いている。白い、白磁のような美しい肌が穏やかな光を浴びて美しく照り映えている。優しく穏やかな表情のミューズがこちらを見て微笑んでいる。シャールにとってミューズは月の女神のようなイメージがある。今のミューズは真昼に降臨した月の女神のよう。
シャールはミューズの望むまま、隣に座った。二人共、特に何か話すわけでもない。この穏やかな時を過ごすのに言葉はいらなかった。
ずっと共に暮らしている一組の男女は、穏やかな昼下がりに、二人だけの静かな時間を過ごすのだった。



閑話休題。穏やかな一日が過ぎた翌日、トーマスパーティーは旅を再開した。トーマスの現在の目的はアビスリーグの壊滅。その為に世界中を飛び回っている。今日も立ち寄った町でトレードをやろうと思ったトーマスだったが、いつもとは違う、見慣れない看板を見つけた。どうやらこの町では今グレートフェイクショーというものをやっているらしい。トーマスは行ってみることにした。しかしテントの中は大勢の客がおり、全然見えなかった。他の客の声からすると、どうやら右の見世物小屋は気持ち悪いものがいたようだ。左の見世物小屋は何かすごいものがいたようだ。最後に真ん中の見世物小屋に入る。そこには妖精がいた。妖精はひどく怯えているようだった。結局ろくに中を見ることもできず、グレートフェイクショーは終わってしまった。

その日、町でいつものようにトレードを終えたトーマスは、宿屋に泊まった。するとどこからか泣き声が聞こえてくる。昼間の見世物小屋の妖精だろうか。トーマスはしばらく逡巡した後、妖精を助けに行くことにした。仲間と共に夜の見世物小屋へ向かう。昼間は中をろくに見れなかったが、結局どんな生き物がいたのだろう。トーマス達はテントの中に入ってみた。右の見世物小屋に入るとソウルサッカーというモンスターが襲いかかってきた。トーマス達は慌てて応戦する。なかなか手強い敵で、油断大敵である。昼間の客の様子から気持ち悪い生き物がいるようだったが、確かにグロテスクだった。こんなものを一体どこで捕獲したのか。そして見世物にするとは一体何を考えているのかと思う。トーマス達は多少手こずりつつ、なんとか倒すことに成功した。

ソウルサッカーというグロテスクなモンスターを倒したトーマス達は、入るんじゃなかったと後悔しながらテントを出る。そして妖精のいるテントへ入った。怯えて悲しく泣いている妖精。トーマスが逃がしてやると、妖精は何も言わずに行ってしまった。仕方ないのでそのまま宿屋に戻って寝ることにする。翌日からはトーマスも何事もなかったかのようにトレードを続けた。





ちょっとした閑話をいくつか書いてみました。ミカエルとカタリナの会話、カタリナが髪を伸ばすかどうか。この小説ではウォードはミカエルの遠縁ということで、ミカエルと気兼ねなく会話できるキャラということにしました。そしてマスカレイドについて、カタリナについて、ロアーヌ候妃について指摘します。ミカエルの好みのタイプは練磨の書に載っています。
そしてユリアンとモニカ。モニカの趣味は花の世話と日光浴で、クモが苦手なのだそうです。
シャールとミューズもちょっと書いてみました。

ストーリーとしては妖精を仲間にする為の見世物小屋のイベント。



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