ルーブ山地の麓にある小さな村。ハリードが駆けつけた時には既に遅かった。村は壊滅し、人々は全て死に絶えていた……凶悪な竜であるグゥエインに喰い殺されていたのである。惨状を目の当たりにしたハリードはグゥエインを止めにルーブ山地を登る。そこにはかつての戦友が――
「グゥエイン、人々を襲うのをやめろ!」
「ハリードか。肉を喰らい、宝を奪うは竜なるが故の宿命。これが我の本性だ。やめさせたければ力づくで来い!」
「何故だ!俺達は戦友だろう?心友だろう?」
「確かにおまえとは共に戦い、心を通わせた。だが竜の本性には逆らえん」
人と竜。かつての悲劇が繰り返されようとしていた。町のパブでは詩人が悲しげにフィドルを奏で、巨竜ドーラの歌を歌っている。
巨竜ドーラは聖王の諌めも聞かず、村を襲い宝を掠め肉を喰らった。ついに聖王立ち上がりルーブの山を登っていく。竜を殺すは聖王が定め。
「竜と人間、所詮はこうなる定めなのだ!」
「何故だ!グゥエイン!」
ハリードは悲痛な叫び声を上げながらカムシーンを抜いた。ハリードは一対一でグゥエインと戦った。人々を襲うのをやめさせようと、一縷の望みを賭けて、剣を交えながら説得する。しかしハリードの声はグゥエインに届かない。否、届いていても凶暴な竜の本性を露わにしたグゥエインはハリードの諌めを聞かなかったのだ。そしてとうとう、ハリードのカムシーンがグゥエインの身体を突き通した。かつての巨竜ドーラと聖王の詩と同じである。
人と竜とは戦いの火花を散らし、聖王の剣、深々と竜の身体を突き通す。さしもの巨竜も血を流し、叫びを上げて息絶えた
「グゥエイン!」
「母の気持ちがようやくわかった……滅びゆく定めならば、せめて友の腕の中で……ハリード、おまえも、人間にしては、なかなかだったぞ、聖王のように……」
「グゥエイン!」
ハリードは更に悲痛な叫び声を上げた。絶叫がルーブ山地に響き渡る。
聖王、瞳を濡らし、声を上げ、ルーブの山を震わせた
人と竜。かつての悲劇が再び繰り返された。主を失ったルーブ山地は悲しみに包まれた。もうグゥエインの巣は無い。ハリードは悲しみにくれながらグゥエインを手厚く葬った。形見として竜鱗をひと欠片手にした。後から駆け付けたエレン達もハリードに対してかける言葉が無かった。ハリードにとってグゥエインは特別な親しみを感じる竜の友であったのだ。エレン達は深い悲しみにくれるハリードを、そっとしておくことにした。ハリードの様子を見てレオニードは独りごちる。
(……人と竜。やはりかつての悲劇が繰り返されたか……さて、アビスと人の戦いはどのようは終着を迎えるのか。全ては運命のなすがままに……)
「サラも少年もハリードも心配だわ……」
消沈した様子でエレンが呟く。そこへ象がやってきた。
「大丈夫。みんなで力を合わせればきっとなんとかなるさ。三度目の死食が起きて宿命の子が現れ、残るアビスゲートもあと一つ。アビスの魔物達も不穏な動きが多いのも無理はない」
「そうね。それにハリードも大丈夫かしら?」
「元王族で勇猛な戦士なんだろう?今までだって戦友と戦う局面だってきっとあっただろう。ハリードはタフな男だ。しばらくそっとしておきな。俺達は最後四つ目のアビスゲートを閉じることを考えていようぜ。あの子を守って世界に平和をもたらさなきゃな」
象は少年の方を眺めた。象は何かと少年を守ってやろうという気持ちでいっぱいだった。それを見てエレンも頷き、気を引き締める。エレンはなんとしてでも妹のサラを守りたかった。姉妹そろってハリードの旅に加わったが、みんなで無事に戦いを終え、平和な日々を取り戻したい。
洞窟寺院跡から帰って後、サラと少年は宿命の子としての運命について悩んでいた。宿命の子は二人いてはいけない。どちらか片方がアビスへ行き、死ぬことでまた三百年は平和が続く。
「サラ、僕が犠牲になるよ」
「ど、どうして!」
「元々僕はずっと一人だった。今まで僕に関わった人はみんな死んでしまった。僕が犠牲になることで平和が続くなら、多くの生命が助かるならそれでいいと思う。それに、サラには幸せに生きて欲しいんだよ」
「でも、そんな……」
「他に方法が無いんだ。残る四魔貴族アウナスのゲートへ行ったら僕がアビスへ向かう。いいね?」
少年は自分が犠牲になると言って譲らない。サラは黙ってしまった。少年の身体は震えている。死ぬのは嫌だ、怖い。だが世界の為なら、いや、サラを生かす為なら、どんな犠牲でも払おう。
一方、ここはロアーヌ。カタリナは自分の部屋にいた。
カタリナの趣味は剣術と絵を描くことである。その日カタリナは部屋で絵を描いていた。今は静物画を描いている。キャンバスに植物や果物の線画を描き、色塗りをしていく。
すると、ドアの向こうからノックの音がした。なんとミカエルが一人でカタリナの部屋を訪ねてきた。今までこんなことは一度もなかった。カタリナは内心驚き、密かに嬉しく思い、だが失礼のないようにとしっかり自分に言い聞かせた。
「カタリナ、邪魔してすまんな」
「いえ、とんでもない。ミカエル様のご来訪、大変嬉しく思います」
「そなたは絵を描くのも好きだと聞いたのだが。そうか、これがそなたの絵か」
「は、はい」
ミカエルはカタリナの絵をしばらく見ていた。そして他の絵も見せてくれという。カタリナは今まで描いた絵の中でも特に気に入っているものを何枚かミカエルに見せた。カタリナは緊張していたが、ミカエルの方は穏やかに話をしてくれた。
「カタリナ、今度は私の絵も描いてくれないか?」
「えっ?」
「私の肖像画だ。頼めるか?」
「は、はい!喜んで!」
ミカエルの方は少しずつカタリナを一人の女性として意識するようにはなってきたのだが、いざとなるとどうしたものかと内心考え込んでいた。今まで国の主として施政ばかりやって女性の扱いはまるで知らない。
「カタリナ、私は今度はヤーマスへ赴くつもりだ。施政上の外交をまとめるのもあるが、どうも最近ヤーマスで不穏な動きがあるようなのだ。怪傑ロビン親子、息子のライムから親のトラックスの方にも連絡が来た。私は仲間をつれてヤーマスへ行く。そなたも同行せよ」
「はい。畏まりました」
現在ミカエルの仲間はウォードと偽ロビントラックスがいる。そして今はロアーヌに滞在しているツィーリン、バイメイニャン、ヤンファンもミカエルのパーティーに加わることになった。
ヤーマスで不穏な動きがある。真っ先に気づいたのはトーマス達だった。彼らはアビスリーグを壊滅させる為、世界中でトレードを行っていたのだ。そしてアビスリーグに加盟している物件もとうとうあと一つになった。それは――ドフォーレ商会。以前はドフォーレ海運を買収することで悪事を封じたトーマス達だったが、また不穏な動きが見られていた。
怪傑ロビン親子、ライムとトラックスは一旦旅に出たものの、ドフォーレ商会がまた悪事を働くようなことがあれば真っ先にヤーマスへ戻る気でいた。そして今、ヤーマスの町はドフォーレ商会に牛耳られているのだという。トーマスとフルブライトはトレードのアビスリーグ壊滅の為、ロビン親子はドフォーレ商会と再び戦う為、ヤーマスへ向かった。
ドフォーレ商会はアビスリーグに加盟し、多額のアビス資金をもらっていた。そしてアビス脅しを使って着々と他の物件を買収し、勢力をつけていく。アビスからモンスターも授けられ、ヤーマスの人々を脅しながら町を牛耳っていた。
「フフ、この状況ならロビン親子も帰って来るだろう。トーマスカンパニーもフルブライト商会も黙ってはいない。さあ来るなら来い!以前の仕返しをしてやる!」
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