ハリードとティベリウスがどうなったか聞いたエレンとサラと少年はほっとした。しかしハリードは未だに怖い顔で近寄りがたい雰囲気を出しているので、皆そっとしておいた。
翌日、エレンが朝御飯を作っているとサラが起きてきた。
「サラ!もう起きて大丈夫なの?」
「うん、全然平気。お姉ちゃん、私も手伝うわ」
「無理しちゃダメよ!」
サラと少年はあれからずっと寝込んでいたが、どうやら回復してきたようだ。
「ねえ、お姉ちゃん、今度みんなに会いに行こうよ」
「そうね、でも、あんたがちゃんと元気になったらよ。まだ病み上がりなんだから、しばらくはこのシノンにいるわよ」
「うん」
少年は外に出てシノンの村を歩いていた。長閑な村である。ここでサラやエレン達が育ったのかと感慨に耽った。
サラはこれからどうするのだろう。今後はこのシノンで元の生活に戻るのだろうか。これから自分はどうしよう。
シノンの畑の一つでは象が畑仕事を手伝っていた。少年に気づくと『おーい』と呼ぶ。
「元気そうな顔見て安心したぜ。なあ、俺はそのうちラシュクータへ帰るが、おまえもいつでも家へ来ていいんだぜ。おまえは小さい頃のことは覚えてないって言うが、俺と兄貴が育てていた赤ん坊はおまえだ。おまえはうちの子だ。これからどうするか、行くところやすることが決まらなくて迷ってるなら、ラシュクータへいつでも来いよ」
「……!!ありがとうございます!」
ハリードが一人でいると、レオニードがやってきた。
「サラと少年も快復したようだ。私はそろそろポドールイに帰らせてもらう」
「……そういえばあんたはポドールイ伯だったな」
「ハリード、覚えているか?おまえが聖杯を手に入れる為に私の城までやってきたことを」
事の発端はツヴァイクトーナメントに優勝し、ツヴァイク公から聖杯を手に入れるよう言われたことだった。そしてレオニードに会い、聖杯を授ける条件として、今回の死食で復活したアビスゲートを閉じる使命を引き受けたのだった。長い長い旅の最初の方で起きた出来事。なんだか遠い昔のような気がする。
レオニードは五百年以上の時を生きていると言われるヴァンパイア伯爵である。聖王のみならず魔王ですら面識があるようだ。だがミステリアスな雰囲気を漂わせるレオニードは多くを語らない。ヴァンパイア伯爵なのだからアビスの側についていてもおかしくなさそうなものだが、そうではなさそうだ。
「しかしなんだって宿命の子でもない俺に聖杯を授けたんだ?」
「この度の宿命の子がどのような人物に成長するかわからなかったからな。かつての魔王のようになるのか聖王のようになるのか。実際は思いもよらないことになったが。いずれにしても宿命の子の他に四魔貴族と戦い、アビスゲートを閉じる使命を負う者が必要だったのだ」
しばらく沈黙が流れた。
「……………二人の宿命の子の力により、世界は再生した。まだこの世界が以前とどう変わったのか確認していない。シノンは特に変わった様子はないが……」
「いずれは詳細が明らかになろう」
「……死んだと思われていた人間が生き返っている、ということはあるだろうか……いや、なんでもない。忘れてくれ」
ハリードの頭の中にはファティーマ姫のことが浮かんでいた。
その後、レオニードは仲間達に別れを告げてポドールイに帰ることにした。
「今回の旅は非常に興味深いものを見せてもらった。私はポドールイに帰ったら今回の出来事をまとめようと思う」
「レオニード、初めは私も吸血鬼にされちゃうんじゃないかって思ってたのよ」とエレン。
「レオニード、一緒に旅しててとても楽しかったわ」とサラ。
「あ、あの、伯爵様、今までお世話になりました」と少年。
「あんた普段は引きこもりなんだろ?たまに外に出たかったらいつでもラシュクータへ来なよ。歓迎するぜ」と象。
レオニードはそれぞれミステリアスな微笑で答えた。そして最後にハリードと向かい合う。
「おまえは仲間としては変わった奴だった」
「ハリード、ポドールイに来た折には私の城に立ち寄ってくれ。また共に酒を酌み交わそう」
「ああ」
最後に一礼すると、レオニードはシノンを去り、ポドールイへと帰った。
ここはピドナ。トーマスは身支度を整えていた。
「長い間お世話になりました。一度シノンに戻ろうと思います」
「そうかね、寂しくなるな。しばらくトーマスカンパニーは『はとこ』であるわしに任せてくれ。そして君が今後どうするか、よく考えて決めて欲しい。このままトーマスカンパニーの社長を続けていくのか、それともシノンへ戻ってお祖父さんの後を継ぐのか。君ならお祖父さんの後を継いでも立派にやっていけるし、社長として商才を発揮していくのもいいだろう」
「シノンへ帰ってじっくり考えようと思います。それでは失礼します」
トーマスはシノンへ帰った。そして真っ先にサラの元へ行った。皆で助けに行かなければ死んでしまうところだったサラ。トーマスはずっと気がかりだった。サラはすっかり回復していた。トーマスを見るとこちらへ駆け寄ってきた。
二人共、特別な言葉はいらなかった。
トーマスはサラの無事を確認し、サラはトーマスに抱きついた。
「トム!私、元気になったんだよ!……死ぬ覚悟でアビスへ行ったけど、私、生きてる!」
「ああ、そうだね。サラ、無事で良かった……良かった……!!」
トーマスはサラをしっかりと抱きしめた。それを見て少年の頭の中に亀裂が走った。
ピシッ
サラを抱きしめるトーマスを見る限り、幼馴染みの仲間として、というよりは、愛しい恋人を抱きしめているように見える。
ガーーーーーン!!!!!
ショックを受けている少年を見て、ハリードが言葉をかける。
「どうした、少年?告白もしないうちに、もうあきらめるのか?サラにはまだ何も言ってないんだろう?」
「は、はい。でも……トーマスさんもサラのこと……」
「どうするかはおまえの自由だ。おまえにとってサラが本当にかけがえのない存在なら、後悔のないようにしろよ」
そばで見ていた象はどうやらトーマスとサラと少年を巡る恋愛関係に気づいた。
「なんだおまえ、そうならそうと早く言ってくれよ。応援するぜ。今夜は俺が腕に撚りをかけてラシュクータのカレーライスを作ってやろう。元気出せ」
「おい、象。そんなもん別にいらんぞ。もっとマシなことは思いつかないのか?」とハリード。
「生憎、恋愛にゃ疎いんでねえ」
エレンはトーマスとサラを見て、ハリード達のやり取りを見た。そして自分自身のことを考える。今まではサラの看病で必死になって、他のことを考えるどころではなかった。しかし今やサラは回復し、ハリードも近寄りがたい雰囲気は消えている。
『告白もしないうちに、もうあきらめるのか?』
『どうするかはおまえの自由だ。おまえにとってサラが本当にかけがえのない存在なら、後悔のないようにしろよ』
エレンはハリードを見た。まだ自分の気持ちを伝えていない。ハリードにとってファティーマ姫の存在は大きい。エレンが入る余地はあるのか。
エレンは今まで通りサラとシノンで暮らしたかった。元の暮らしに戻りたい。しかしハリードとも離れたくなかった。エレンにとって生まれて初めての恋。勝気なエレンにとって、告白もしないうちにあきらめるつもりはない。初めての恋で後悔のないようにしたい。自分にできる精一杯のことをして、仮に失恋してもそれですっきりしたい。
今後どうするべきか。エレンにもこれからのことを考える時が来ていた。
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