ここはルーブ山地。ハリードは一人、グゥエインとの思い出に耽っていた。手には竜鱗の剣を携えている。グゥエインの鱗で作った、竜鱗の剣。かつて共に戦った戦友であり、心を通わせた心友。ハリード自ら止めを刺した。あの悲劇。世界は再生されたが、グゥエインは戻ってこない。やはり一度死んだ者が生き返るなどということはないのだろうか。いや、ファティーマ姫は未だ生死不明であり、死んだと決まったわけではない。ハリードは黙って竜鱗の剣をルーブ山地のグゥエインの巣の入り口に置くと、立ち去った。
ここは最果ての島。ボストンは仲間達にバンガードに乗った感想とこれまでの旅の話をしていた。最果ての島はフォルネウスを倒してもいずれ無くなってしまうはずだったが、世界が再生され、今後も存在し続けることができるようになった。ハリードも旅の途中、最果ての島が存続できるようになったことを知ることになる。
東方ではヤンファンが西方諸国との国交回復に努めていた。何百年もの間、交流が無かったが、世界が再生された今、東西の行き来は簡単になった。
バイメイニャンは相変わらず術の研究に没頭し、時に人々を驚かせ騒がせている。ツィーリンはそれを見てまたかと思いながら西へも行きたいと思っていた。
「ところでヤンファン将軍、あのムング族の娘ですが、そろそろ結婚適齢期ですな」
「な、何っ!」
「ツィーリン殿は確か族長の娘でしたな。いずれはムング族を取り仕切る立場。彼女にはどのような男が相応しいか。バイメイニャン老師は密かに婿の候補を選んでいるそうで」
「なっ!?ななななんだとおおお!相手は誰だ!どんな男だ!」
「おや、ヤン将軍、随分と取り乱しておいでのようですが、もしや将軍は――」
「か、からかうな!わ、私とツィーリンはバイメイニャン老師に師事する兄妹弟子。あくまでも兄弟子として彼女を気づかっているのであり、そう、兄が妹を見るような目でだな」
そこへ当のツィーリンがひょっこりと顔を出したのでヤンファンは慌てて咳ばらいをし、平静を取り繕った。
「ヤンファンどうしたの?今日は私と一緒に西方諸国の方々を案内する日でしょ?さあ、行きましょう」
ツィーリンはヤンファンの腕をつかみ、ぐいぐいと引っ張っていく。
「う~ん、ヤン将軍とツィーリン殿か……尻に敷かれそうですなあ」
「これこれ、お主達、うちのファンファンをからかっとらんで仕事せんか!」
「おっと、これはバイメイニャン老師」
「全く、この国の男共ときたら……もっと骨のある男もいて欲しいもんじゃ」
ラシュクータでは象達が集まっていた。
「で、結局、破壊するものとやらを倒しても俺達の呪いは解けなかったのか」
「破壊するものとやらは魔王ではなかったんだろ?俺達は魔王の呪いで象の姿にされたんだったな」
「そうなのか?元々昔からこの姿だったんじゃないのか?」
「どっちなんだ?」
…………………………
「ま、どっちでもいいか」
ジャングルでは妖精達が平和に暮らしていた。再生された世界ではモンスターもいなくなっており、ジャングルの中も安心して飛び回れるようになったのである。今回アビスとの戦いに加わった妖精は仲間の妖精達に武勇伝を聞かせていた。得意げに語り、世界各地を旅したことも話した。
「アビスではたくさんの仲間達と一緒に戦ったわ。そういえばあの時一緒に戦った戦士達のうち、ユリアンとモニカっていう人間の男女がいてね、彼らは恋人同士だったの。今度結婚するんですって。私、お祝いに行こうと思ってるの」
「まあ、それはいいわね。私達みんなで行きましょう!人間の結婚式なんて今まで見たことなかったもの。私達妖精がお祝いに行ったらきっと喜ぶわ!」
「いいわね!行きましょう!行きましょう!」
モウゼスではウンディーネが館に帰っていた。
「ウンディーネ様!お帰りなさいませ!」
「ただいま。みんないい子にしてた?」
ウンディーネは今までの旅の記録をまとめた。そして今まで通りモウゼスで弟子を取りながら術の研究を始めた。蒼龍術の使い手としては東方のバイメイニャンが有名である。ウンディーネはまた機会があればバイメイニャンとも術の話をしたいと思った。バイメイニャンが蒼龍術の使い手なら、ウンディーネは玄武術の使い手として極めてみせようと思った。
ブラックは船着き場の船の先端に立っていた。
「これからどうすっかなあ。また海賊稼業でも始めるか!」
ピドナのノーラの工房では、ノーラが職人達と一緒に武器防具の開発に勤しんでいた。工房のシンボルであった聖王の槍を取り戻し、元通り壁に飾ってある。再び世界一の工房に発展していくと思われる。
タチアナは一人リブロフに帰ってきた。今日はタチアナの十五歳の誕生日。以前の約束通り、家族みんな仲直りしているだろうか。
タチアナが自宅に帰り、ドアを開けるとクラッカーの音がし、父親のアレクセイと長男のニコライ、次男のボリス、姉のベラが出迎えた。
「タチアナお帰り!誕生日ケーキとお菓子をいっぱい用意して待ってたよ!」
「パパ!ニコライお兄ちゃん!ボリスお兄ちゃん!お姉ちゃん!」
ラザイエフ家のリビングでは大きなホールケーキに十五本の蝋燭が灯されている。バースデーソングが歌われる中、タチアナは元気よく吹き消した。その後、タチアナの誕生パーティーが始まった。父や兄姉から誕生日プレゼントをもらい、ご馳走をたくさん食べ、タチアナは幸せな気分になった。今まではいがみ合っていた兄弟も今日は仲良くやっていた。タチアナがいない間に家族で話し合ったらしい。家族が嫌になって家出したタチアナだが、帰宅を温かく迎えられ、心底嬉しかった。これからは家族みんな仲良くやって欲しい。もう世界を脅かす存在もないのだから。
シャールとミューズは元のクラウディウス家の屋敷に住むことになった。世界を救った戦士の一人として、功績を認められたのである。ピドナ旧市街のゴンやミッチ達は時々遊びに来る。ルードヴィッヒは未だメッサーナで幅を利かせているが、彼の権力もそう長くは続かないと言われていた。元の屋敷でのんびりと暮らすシャールとミューズ。
「またこの屋敷に戻れる日が来るなんて……」
「ミューズ様」
「なあに?シャール」
「ルードヴィッヒからは必ず私がお守りします。ミューズ様には指一本触れさせません。このシャールが一生涯かけて、必ずやミューズ様を守り通します」
「……もう、シャールったら。言うことはそれだけなの?」
ミューズはシャールに抱きついた。
「私はまだ二十二歳。若い女なのよ。恋愛も結婚もしたいわ」
「ミュ、ミューズ様がお好きな男性がいらっしゃるのなら……」
「シャール、本当はわかってるんでしょ?」
ミューズに好きな男性ができ、その男がしかるべき家柄の、しかるべき人格をそなえた人物なら、シャールは喜んでミューズの幸せを祝う。その気持ちに今でも偽りはない。しかしミューズの思いは違った。
「シャール、ずっと私のそばにいて。父の家臣としてではなく、一人の男性として、一生私のそばにいて欲しいの」
そう言ったミューズの顔は限りなく美しく、優しく、輝かんばかりに見えた。病弱な深窓の令嬢は夢魔を倒してから全快し、今は健康な若い娘としての魅力もそなえていた。かつては無かった溢れる生命力、明るさ、若々しさ。若く美しく、限りなく優雅な、銀の髪をした女神。その女神は今、一人の男の心を射止めようとしていた。恋心を打ち明け、必死に美しい瞳で訴える。長い睫毛が揺れ、シャールを見つめてくる。
元のクラウディウス家の屋敷にて、二人きりの時。
シャールは覚悟を決めた。
「ミューズ様。あなた様の申し出、謹んでお受け致します。私はミューズ様の人生の伴侶として、一人の男として、夫として、一生あなた様をお守りします」
ミューズはにっこりと笑った。
「相変わらずお堅いのね、シャール。ねえ、シャール、本当に私を愛してくれる?」
「もちろんです。ミューズ様」
「誰よりも?」
「はい」
「誰よりも。愛しき女性であるあなた様を一生涯、深く愛し続けます。ミューズ様」
シャールはそう言うと、ミューズを優しく、しっかりと抱きしめた。ミューズはシャールの抱擁を受けながら、
「嬉しいわ、シャール。それでは私もあなたを一生涯、深く愛し続けます。誰よりも愛しき男性であるあなたを」
その日、二人は永遠(とわ)の愛を誓った。
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