「トーマスさん、お話があります」
ここはピドナ。ある日、少年がトーマスの元を訪ねてきた。真剣な面持ちである。トーマスは何の用件か想像がついた。二人でゆっくり話ができる場所に移動する。
ピドナのベント邸。昼の日差しが空から降り注ぐ。空は快晴。気持ちのよい風が肌をくすぐる。そんな中、二人の男は一人の少女を巡って話をしようとしていた。
「トーマスさん、僕はサラのことが好きです」
トーマスは黙って頷いた。少年の様子を見ていれば嫌でもわかった。
「でもサラは………サラはトーマスさん、あなたが好きなんだ………」
少年はひどく緊張していた。拳をしっかりと握りしめて震わせている。
「トーマスさん、教えて下さい。あなたはサラのことをどう思っていますか?」
トーマスはしばらく黙っていた。いつかはっきりさせないといけないことだと思っていた。サラの気持ちには気づいていたし、少年の気持ちにも気づいていた。正直、トーマスの内心は揺れ動いていた。守るべき妹のような存在であったサラが今回の戦いを経て、少しずつ変わっていったからである。自分で考えて自分で行動し、自分の力で何かを成し遂げようとするようになったサラ。一人の人間として成長したのである。ただ皆に守られていただけの昔とはもう違うのだ。そして今後は大人の女性として成長していくだろう。そんなサラの気持ちに自分はどう応えるべきか。
「俺にとってサラは妹のようなものだ。今のところはね。でも、この先どうなるかはわからないな。サラが大人の女性になって俺の前に現れたら、俺も平静ではいられなくなるかもしれない」
「トーマスさん、いつかみんなで好きな異性のタイプについて話しましたね。トーマスさんの好きなタイプは『芯のしっかりした人』だった。僕はサラが当てはまっているように思った。サラの好きなタイプは『自分と価値観の同じ人』だった。それならトーマスさんより僕の方が当てはまっているように感じた。僕はサラが好きです。彼女が幸せそうにしていれば僕も嬉しい。彼女が苦しんでいたら僕も辛い。サラが幸せになる為なら何でもする。だからトーマスさん、僕はあなたには負けません!僕もこれから大人になる。サラに相応しい男になってみせます!必ず!」
少年は挑むような目つきでトーマスを見た。
「トーマスさんは何でも持っていますね。家柄、地位、財産、知識、人望、誠実さ。あなたならサラを幸せにすることができるでしょう。生活に困ることもなく、平和な暮らしを送ることができるでしょう。それに比べて僕は何も持っていない。家も家族も。今まで僕にかかわった人達はみんな死んでしまった……今の僕には何もない。好きな女の子を幸せにするだけのものを何も持っていない。でも………僕はサラが好きだ。サラを想う気持ちは誰にも負けない!そう、エレンさんにだって!僕はこれから大人になる。サラに相応しい男になる。サラを幸せにする為ならどんな苦労も厭わない!」
少年のひたすらひたむきな様子を見て、トーマスは心打たれた。その後、少年は『僕、負けませんから!』と恋敵として宣戦布告すると、意気込んだまま去って行った。
その日はお天気雨だった。晴れているのに雨が降っている。サラは空を眺めていた。サラはお天気雨が好きである。お天気雨の時は綺麗な虹が見えるからである。
すると、そこへ少年がやってきた。サラは少年に気づくとパッと笑顔になった。
「あっ!ねえ、見て見て!お天気雨よ!」
「サラ、君はお天気雨が好きだったね。旅の途中にもお天気雨が降った日があったよね。あの時も君はとても嬉しそうだった」
「うん!ほら見て!虹があんなに綺麗に見えるわ!」
空の向こうに美しい虹が見える。七色全部とはいかないが、肉眼でもかなり色の識別ができるくらい鮮やかではっきりした虹だった。
少年はしばらくサラと一緒に虹を見ていたが、やがてサラに向き直った。
「サラ、今日は君に大事な話があるんだ」
少年の顔は真剣そのもの。これから一世一代の大告白をしようというのだから無理もない。少年の様子を見てサラも居住まいを正した。
「なあに?」
少年はしばらく緊張して黙っていたが、意を決して口を開いた。
「サラ、僕は君のことが好きだ」
「えっ?」
「仲間としてではなく、宿命の子同士だからでもなく、一人の女性として、君のことが好きなんだ」
少年はサラの手を握った。
「初めて会った時から、君とは特別な何かを感じていた。それは同じ宿命の子だからだって思った時もあったけど、それだけじゃなかった。一緒に旅をしていくうちに、僕はどんどん君のことが好きになった。サラ、君を守りたい。君が傷つくことなんて耐えられない。君の笑顔を失うくらいならどんなことでもしてやるという気になる。サラ、君を想う気持ちは誰にも負けない。この世界で僕は君が一番好きだ。僕はこれから君と二人で人生を歩んでいきたい。宿命の子としてではなく、人生のパートナーとして。サラ、君のことが本気で好きだ。誰よりも」
サラは目を見開いて少年を見つめていた。
空は快晴。真っ青な空とお天気雨の変な天気である。昼の日差しと雨。日の光が地上に降り注ぎ、雨も地面を濡らす。日の光に反射して雨の滴が輝く。そしてお天気雨による鮮やかな虹が空の向こうに見える。
そんな中、サラは生まれて初めて異性から愛の告白をされた。少年の本気の、真剣な愛の告白を。
ここはピドナのベント邸、トーマスの部屋。サラはトーマスに先程の出来事を話していた。
「トム、私、どうしていいかわからない。男の子から真剣に告白されたの初めて。彼が私のことあんなに想ってくれてたなんて、今まで全然気づかなかった」
トーマスは穏やかな表情でサラの話を黙って聞いていた。
「ねえトム。私ね、ずっとトムのことが好きだったの。トムに憧れてて、将来トムのお嫁さんになりたいって思ってて」
サラは赤くなりながら恐るおそるトーマスの顔を見た。トーマスは優しい目でサラを見つめていた。
「トム、私、正直言って気持ちが揺れ動いてる。私はずっとトムのことが好きだった。でも、彼に、あんなに真剣に告白されて、私、わたし……」
トーマスは優しく穏やかにサラに語りかけた。
「サラ、君はまだ十六歳じゃないか。大人になるまでにゆっくりと考えたらいい。彼もこれから大人の男になる。サラもこれから大人の女性になっていく。サラ、今まで俺にとって君は妹のようなものだった。でも、君が大人になったら、俺も君のことを放っておかないかもしれない」
「トム!」
「今はまだ、結論を出すのはやめよう。君が大人になったら改めて決めようじゃないか。誰が君に相応しい男なのかを。俺の予想ではサラ、君が大人になったらエレンに負けないくらい魅力的な女性になってると思う。少年もいるし、俺もうかうかしていられないな。それにサラ、俺はこれから旅に出ようと思ってる」
「えっ?トムはトーマスカンパニーの社長でしょ?会社はどうするの?」
「きちんと話をつけるさ。俺も俺なりに思うところがあってね。一人で旅へ出ようと思うんだ。サラ、しばらくお別れだ。君が大人になったらまた会おう」
トーマスは少年に言われたことを思い出していた。
『トーマスさんは何でも持っていますね。家柄、地位、財産、知識、人望、誠実さ。それに比べて僕は何も持っていない。家も家族も』
トーマスは初めて気づいた。自分は生まれつき恵まれていたのだ。メッサーナの名家の家柄で裕福な家庭に育ち、今となってはトーマスカンパニーの若社長。地位も財産もある。勉強も得意で槍や玄武術も使いこなす。文武両道。そして人々からも人望があり、皆に慕われる存在だった。今までひたすら誠実に生きてきたつもりだったが、その甲斐あって、人々から信頼される存在となることができたのだ。
トーマスは新たに一人で旅に出たいと思った。今までの自分はバックについてくれる存在があってのことだった。一旦、地位も財産も捨てた状態で、一人の人間として自分にどこまでできるのか、自分の可能性を試したくなった。
「旅に出ます。後のことはよろしく」
「そ、そんな!トーマスカンパニーはどうするんだね」
「好きなようにして下さい。私にはポケットの一万オーラムで十分です。では」
こうしてトーマスはトーマスカンパニーの社長としての地位を捨て、新たに一人で旅に出ることにしたのだった。
「ああ、なんてことだ。これからトーマスカンパニーは一体どうすればいいんだ」
「秘書君、心配はいらないよ」
「あっ!あなたはフルブライトさん!」
「トーマス君は今まで本当によくやってくれた。トレードでほぼ全ての物件を買収してくれたからね。今となってはトーマスカンパニーは総資産ランキング一位。世界最大の会社となった。安心したまえ。これからはトーマスカンパニーは我がフルブライト商会の傘下になってもらう。トーマス君がいなくなってもこの私がいるから大丈夫さ」
フルブライトはトーマスの行動を予想していたわけではなかったが、力をつけ大きくなり過ぎたトーマスカンパニーについて、いずれ何らかの話をしなければならないと思っていた。そこへトーマスの出奔である。フルブライトは心の中で笑っていた。これで穏便にフルブライト商会の力を取り戻すことができた。彼の目的は世界経済の安定とフルブライト家による掌握。密かに野心を抱き、フルブライト二十三世は大商家の当主として経済界の頂点に立とうとしていくのだった。
→次へ
→前へ
→二次創作TOPへ戻る