トーマスが旅立ち、サラは、今度はエレンに話をしに行った。少年に告白されたこと。サラは今までトーマスに恋していたこと。今はとても気持ちが揺れ動いていること。エレンは黙ってサラの話を聞いていた。サラも隅に置けない。いつの間にか女性としての魅力を備え、大人になっていく。

「お姉ちゃん、それでね、私、これから少年と一緒に生きていこうと思うの。宿命の子としてじゃなくて、彼と共に人生を歩んで、大人になるまでに自分の気持ちをはっきりさせたいの」
「そう。あんたの好きにするといいわ」
「うん……それでね、お姉ちゃんとはお別れになるから、最後に話をしておきたくて」
「!?」

サラはこれから少年と二人で生きていくというのだ。そこにはエレンは含まれていない。サラは姉の庇護から自立し、これから一人で生きていきたいというのだ。今までサラを守ることで生きてきたエレンにとって、妹の独り立ちは素直に受け入れがたいものがあった。旅立ちに生まれて初めての姉妹喧嘩をしたのを思い出す。今はもう純粋に子供扱いはできない。今回の旅を通してサラは大きく成長した。

「サラ、あんたは私にとって大切な妹。いつまでも世話焼いて守ってやりたい。あんたがいくつになってもね。でも、いつの間にかサラも大人になっちゃったのね。何かとあんたの世話を焼くのが私の癖で、ずっとそういうもんだと思ってきた。姉としては寂しいけれど、あんたがもう大人になって、これからは一人で生きていきたいんだっていうことを、いい加減、私もちゃんと認めてあげなきゃね」

そう言うと、エレンは未だかつてない程優しい目でサラを見た。

「……お姉ちゃん!!」

旅立ち前の姉妹喧嘩ではついかっとなってしまったが、今回はエレンも素直に妹の自立を認めることにした。

「お姉ちゃん、私、お姉ちゃんのそういう面倒見のいいところ好き」
「ふふ、ありがと」
「ねえ、お姉ちゃん………いつか聞こうと思ってたんだけど………私、お姉ちゃんの本当の妹じゃ――」
「そんなことすっかり忘れてたわ。それにあんたが生まれたばかりの赤ん坊の時にお父さんとお母さんが拾ってきたの。お母さんの身体から生まれたか拾われたかの違いなんて、私にとっては問題じゃないわ。あんたを妹じゃないなんて思ったこと、一度もないの」
「お姉ちゃん……!!」

サラは涙ぐんでしまった。血がつながっていないと知った時にショックだっただけに、エレンの言葉は身に染みる。エレンにとってサラは初めから大切な妹だったのだ。

その日、エレンとサラはたくさん語り合った。小さい頃のことから今に至るまで。久しぶりにお互い心を打ち明けて、思う存分気持ちをぶつけ合った。夜は二人で一緒に寝た。姉妹二人で一緒に寝たのはどれぐらい久しぶりのことだろう。

翌朝、エレンとサラは名残惜しい気持ちを抑え、別れを告げた。

「それじゃお姉ちゃん、そろそろ私、行かなきゃ。少年が待ってるの」
「わかってるわ。でもいい?サラ、あんたはいつまでも私の妹よ」
「うん、ありがとう、お姉ちゃん」
「さよなら、サラ」
「サヨナラ、さよならお姉ちゃん!」



エレンと別れた後、サラは少年と共に神王の塔へ向かった。今となってはもう、今回の宿命の子は二人いること、その二人はサラと少年であることは皆に知れ渡っていた。神王教団にも。神王の塔へ行くと、教団の人々はサラと少年に恭しくお辞儀をした。二人はティベリウスに会いに行った。ティベリウスは塔の最も高い場所から外を眺め、静かに祈りを捧げていた。

「おお、これは神王様」
「ティベリウスさん、僕達は確かに宿命の子でした。でも神王ではありません」
「私達は世界を救う一端を担っただけ。みんなの力で世界に平和を取り戻したの。ティベリウスさんもその一人でしょ?」
「ああ、そうじゃったな」

サラも少年も、その気になれば神王教団のトップに立ち、権力を振るうこともできるであろうに、二人とも謙虚なものである。サラと少年にとってティベリウスは共に戦い世界に平和を取り戻した仲間であった。

「僕達、宿命の子としてティベリウスさんにお願いがあるんです」
「ハリードの国、ゲッシア朝ナジュ王国を滅ぼしたようなことはもうしないで下さい。私達は、宗教は人を救う為にあると思っています」
「うむ。わかっておる。もう二度と昔のような愚かな真似はせん」
「僕達は神王ではありませんが、宿命の子として、真の平和を望みます。ティベリウスさん、あなたは子供の僕達よりずっと世の中のことをわかっています。神王教団のトップとして、政治的にも世界的に力を持った人です。あなたが平和に尽力するなら僕達よりずっと多くのことができるでしょう。僕達はあなたが人々の上に立つ人間として、本当の平和の為に尽くしてくれることを望みます」
「真の平和は絶対的な一人の人間がもたらすものではないと思います。みんな一人ひとりが手を取り合って築いていくものだと思います」
「うむ。このたびの戦いを通してわしもそのことがよくわかった。ハリードとも話をつけてある。わしの命ある限り世界を平和にすることにこの身を捧げる。わしの望みは世界の平和と繁栄。教団のあり方も一から見直し、世界中の信者達だけでなく、全ての人間達にとって良い世の中にしていきたい。二人の宿命の子よ、わしは人々の上に立つ人間として、世界平和の為に一生を捧げることを誓う。そして世の中を、人々を真の平和と繁栄に導いていきたい」

ティベリウスの話を聞いて、サラも少年も安心した。二人で顔を見合わせ、頷く。

「ティベリウスさん、お願いします」
「お願いします」
「うむ。ところで君達はこれからどうするのだね?」
「僕達はこれから二人で生きていきます」

それだけ言うと、サラと少年は去って行った。二人で手を取り合って。



「ねえ」
「何だい、サラ?」
「これから私達は二人で生きていく。その前に、まずあなたの名前を決めなきゃ」
「僕の名前……もう忘れちゃったんだよね……」
「ラシュクータの象さんに聞く?それとも私が名前を考える?それとも私達二人であなたの名前を決める?」
「そうだね……僕達二人で考えて決めよう。僕はもう今までのような死神じゃない。これから新たな人生を歩むんだ。そういう意味で新しく自分の名前が欲しいな」
「うん!」

少年の真剣な告白の後、サラは少年と共に生きることを承諾してくれた。ひとまずはサラが大人になるまでの間である。その間にサラも成長し、大人の女性になっていく。一人で旅立ったトーマスもまた一回り成長して彼らの前に現れるだろう。それまでに少年はサラに相応しい男になるつもりである。少年は思った。トーマスは立派な好青年である。サラでなくても憧れる女性はたくさんいるだろう。多くの女性から相手を選ぶことができると思った。だが自分にはサラしかいない。心を開き、愛し愛されたいと本当に思うのはサラだけである。この恋はなんとしても負けるわけにはいかなかった。



名も無き少年は宿命の子としての役割を果たし、今度は恋する少女と新たな人生を歩み始める。





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