サラと別れた後、エレンは一人考え込んでいた。ユリアン、トーマス、サラ。みんなそれぞれ自分の道を進んでいく。そしてエレンから離れていく。また旅立ちの時のように置いてけぼりを喰らったような気分になる。みんな勝手だ。寂しいような悔しいような。人それぞれ進む道は違う。エレンにとって自分の道とは何だろう。
エレンは、今までの人生は非常に充実した毎日だったと思っている。シノンの開拓民としての日々。そしてゴドウィン男爵の反乱後の旅。妹のサラとハリードと他の仲間達と共に、四魔貴族と戦う為の旅。今まで意識していなかったが、エレンは常に誰かと一緒にいた。皆と一緒だった。何かと妹のサラの面倒を見ていた。エレンにとってサラは大切な妹である。放っておけない存在であった。今回の旅も、思い返せばサラが外の世界を見たいと言ったから一緒に行くことにしたのだ。そのサラは今や一人の人間として自立し、姉の助けを得ないで今後一人で生きていくと言った。そして姉のエレンの元から去り、新たな人生を歩み始めたのだ。
世話を焼く相手がいなくなった途端、エレンは急に何も無くなってしまったような喪失感を抱いた。今まで強気に生きてきたが、案外、エレンは『自分』というものを持たずに生きてきたのだなと思った。常に皆と一緒に、または誰かの為に生きてきた。他の人間よりも『他人』の存在を必要とするタイプなのかもしれない。急に一人になったらどうしていいかわからなくなる。これからどうしよう。エレンにとっての自分の道とは?
ユリアンはモニカと結婚し、男爵として新たな人生を歩み始めた。トーマスはトーマスカンパニーの社長の地位を捨て、一人で新たな旅を始めた。サラも自立して少年と共に新たな人生を歩み始めた。エレンは今後どう生きていくべきだろう。
トーマスのように一人で生きていく道を選ぶか、それともユリアンやサラのように人生を共にするパートナーを見つけ、一緒になるか。そこでエレンはハリードのことを思い出した。今までの自分の生き方を振り返ると、どうも一人で生きていくより、誰かと共にいたいタイプのように思える。エレンはずっと密かに片思いをしているハリードと一緒にいたいと思った。ハリードには愛しのファティーマ姫がいる。それはわかっている。自分の気持ちを思いのたけぶつけ、やれるだけのことはやろう。ふられたらその時だ。その時は一人で生きていく道を選ぼう。エレンはハリードに会いにいこうと思った。
ハリード。シノンにいた頃は会ったことのなかったタイプの強い男。共に旅するうちに、エレンは徐々にハリードに惹かれていった。エレンは強い男が好きである。実戦経験も豊富でどんな強敵に対しても勇猛果敢に立ち向かう。人生経験も豊富で大人の男の余裕を感じさせる。頼りがいのある男。エレンはハリードの隣で戦うのが好きだった。ハリードにとって背中を預けられる相手になりたいと思った。しかし旅の途中でファティーマ姫の存在を知った。ハリードには一途に慕う想い人がいたのである。ゲッシア朝の王族であるハリードにとって、身分・家柄がつり合う相手である。農民出身のエレンと違って。さぞかし気品があって美しく淑やかなお姫様なのだろう。現在は生死不明。再生された世界でハリードが今、懸命になって行方を探している。
ファティーマ姫は見つかったのだろうか。そして相思相愛のハリードとファティーマ姫の間に、果たしてエレンの介入する余地はあるのだろうか。一人になった今、エレンが一緒にいたい相手はハリードだった。ハリードが好き。いつまでも一緒にいたい。ずっとハリードについていきたい。エレンは今まで恋愛には興味が無かった。ユリアンをはじめとするシノンの男達にモテる存在であったのだが、エレンの方にはその気がなかった。そんなエレンが初めて恋した相手がハリードである。ファティーマ姫の存在がある以上、ハリードはエレンに対して恋愛的な興味があるとは思えない。今までもそういう意味ではつれない反応しかなかったように思う。エレンは恋をするのは初めてである。恋の駆け引きなどは全く知らない。ここは一つ、小細工無しで思いのたけぶつかってみよう。
思い立ったら即行動である。エレンはハリードの居場所を探して会いに行くことにした。
ハリードはかつてのゲッシア朝ナジュ王国の地を訪れていた。そこは若き日のハリードとファティーマ姫が戯れた場所。
(……世界を再生させた宿命の子の力…………ひょっとして姫も……)
ハリードはファティーマ姫を求めて世界中を探し回った。ファティーマは元々生死不明である。死んでしまったという証拠がない以上、まだ生きているという可能性はある。生きているならこの世界のどこかにいる。もし死んでしまっても世界再生により生き返っているのではないか。ハリードは一縷の望みをかけてファティーマ姫を求めた。長年、一途に想い続けた愛しい姫。ハリードにとって自分の命よりも大切な存在があるとすれば、それは間違いなくファティーマだった。
その時、視界の向こうにぼんやりとファティーマ姫の姿が現れた。姫を求めるあまり、幻覚を見てしまったのだろうか。
(何を愚かな、ハリードしっかりしろ!)
しかしファティーマ姫の姿はだんだんはっきりとしてきた。ハリードに近づくにつれて生身の人間の身体だとわかる。
「こんな、こんな奇跡が……」
「ハリード……」
ハリードは感極まってファティーマ姫をしっかり抱きしめた。
「戦い抜いた甲斐があったぞ!!」
アビスゲートを閉じる使命を受け、四魔貴族と戦い、アビスの向こうまで行き、世界の命運を賭けた戦いに勝った。そこまでして戦い抜いた結果が愛しのファティーマ姫との再会であるなら、ハリードはもう他に何もいらないと思った。戦い抜いた甲斐があった。生きていてよかった。これからは姫と共に生きてゆこう。ゲッシア朝は滅びてしまったが、愛しの姫を幸せにするならハリードは何でもするつもりだった。これからは姫と二人で――
ハリードははっと目を覚ました。いつの間にか眠ってしまったらしい。
「夢……か……」
ハリードは空しさでいっぱいになった。
ハリード……
かすかな声を聞いてハリードは起き上がり、辺りを見回した。おぼろげにファティーマ姫の姿が現れた。しかし今にも消え入りそうである。
「姫!!」
「ハリード。愛しい人。あなたと生き別れになって長い年月が経ちました。あなたにこんなに想われて、私は幸せです。でも、私はもうこの世にはいないのです」
ファティーマ姫の亡霊から一粒の涙が零れ落ちた。ハリードは先程とどちらが夢なのかわからなくなった。これも夢なのか?しかし意識ははっきりとしている。
「ハリード、私達二人が交わした誓いは永遠です。あなたが私を愛しく思ってくれるのと同じように、私もあなたが愛しい。誰よりも。例えこの身が朽ち果てても、この思いは永遠に変わらない。私はあなたを永遠に愛し続けます」
「姫!!それは俺のセリフです!俺はあなたを誰よりも愛しています!永遠にこの思いは変わりません!」
ファティーマ姫は悲しげな微笑を浮かべた。
「嬉しい……。ハリード、最後に私に口づけを」
「姫!!」
ハリードはファティーマ姫の亡霊に駆け寄った。姫の身体を掴もうとしても実体がない。やはり亡霊なのだ。ハリードは愛しさと悲しみに満ちてファティーマ姫の唇に口づけをした。
「ハリード、叶うことならずっとあなたのそばにいたかった。私はあなたの優しさが好き。できることなら平和になったこの世界であなたと共に生きていきたかった……でもそれは叶わぬ夢。今の私はあの世からあなたを見守ることしかできない」
ファティーマ姫の身体が光り始めた。ぼんやりとおぼろげな姿が消えそうになる。
「もうお別れの時が来たようね。ハリード、私はいなくなっても、この想いは永遠です。私はいつもあなたと共にある。さあ、ハリード、あなたはまだ生きている。私のいない世界でも自由に生きていって」
「姫、俺がこれ以上生きていくことを望みますか?姫のいない世界で生きていくことを」
「ええ。私はあなたが生きることを望みます。例え私は死んでしまっても、愛しい人がまだ生きているのなら、私は愛する人が幸せに生きることを望みます」
「幸せ。俺の幸せ……」
「あなたの幸せは、これからあなた自身が自分の力で見つけて。ハリード、私はこれでもあなたが今まで何を考えて生きていたかわかっているつもりです。もうこれ以上あなたが空しさを抱えて生きているのを見ているのは嫌よ。あなたの幸せ。あなたの生きがい。あなただけの道を見つけて歩んでいって」
「姫……」
「ハリード……私はあなたをいつまでも愛しているわ。誰よりも深く、永遠に……」
そう言うと、ファティーマ姫の姿はひっそりと消えていった。ハリードはしばらく沈痛な面持ちでうなだれていた。
「姫、ハリードは生まれ変わります。王国も姫もただの思い出として、心の奥にしまいます。しかし、それは決して消えることのない思い出です……」
顔を上げたハリード。それはいつものハリードだった。
「さ~て、稼ぎに行くか!」
「ちょっと待ちなさいよ!」
そこに現れたのはエレンであった。
「エレン……?」
→次へ
→前へ
→二次創作TOPへ戻る