「エレン?どうしたんだ、おまえ?何でこんなところにいるんだ?」
「……あんたに話があって来たのよ!」
エレンはサラと少年、トーマスのことを話した。
「そうか。そんなことが……」
「ねえ、ハリード。私、一人になっちゃった」
「サラももう大人だ。おまえはおまえの道を探すんだな」
「そう。だから私、考えたの。ハリード、私、あなたと一緒にいたいわ!」
「俺と……?」
ハリードは驚いた。いや、内心では薄々気づいていた。エレンの自分に対する気持ちに。
「ハリード、私はあなたのことが好き。私はずっとあなたと一緒にいたい。あなたについていきたいの。一緒に肩を並べて戦うのもいいわ。背中を預けられる相手として私も強くなったもの。あなたがこれからどんな生き方をしていこうと、私はあなたと共に生きていきたいわ。……ファティーマ姫のことは知ってる。それでも私は……ねえ、ハリード、あなたの心の中に私の入る余地はあるのかしら?」
「……姫はもういない」
「えっ?」
「もういないんだ……」
エレンはハリードを見つめた。その表情から何を考えているのかはうかがえない。ただ、ハリードがずっと探していたファティーマ姫はもういないのだということだけはっきりと悟った。
ナジュ砂漠の風が吹く。しばらく沈黙が続いた。
「ねえ、ハリード」
「何だ」
「しばらく、一緒にいてもいい?」
そう言うと、エレンはハリードに寄り添った。
「ああ」
ハリードはエレンの肩を抱いた。前からエレンの気持ちには気づいていた。ハリードは今までファティーマ姫一筋できたが、その一方でいつの間にかエレンにも惹かれている自分に気づいていた。
二人はしばらく他愛も無い話を始めた。これまでの旅のこと、戦いを終えてから今までのこと全て。
「ねえ、ハリード。今まで聞こうと思ってつい聞きそびれちゃったわ。あんたは何で四魔貴族と戦うことに決めたの?レオニードから聖杯をもらう条件がアビスゲートを閉じることだったわね。どうしてこんな大事を引き受けたの?」
「アビスとの戦い。命を賭した戦いに身を投じるのも悪くないと思った。俺は常に死に場所を探していた」
エレンは目を見開いてハリードを見た。
「俺の中には二人いるのさ。一人は皆が知ってる俺だ。猛将トルネード。金にがめつい傭兵だ。もう一人は祖国と姫を失いやさぐれている俺。例えティベリウスを斬り、神王教団を崩壊させたところで、王国再建は難しい。その現状と愛しの姫と生き別れになっていたこと。愛する祖国もない。最愛の姫もいない。そこで戦いに身を投じる毎日を送り、俺は一体何の為に生きているのだろうと自問自答する時があった。そうか、俺は死に場所を探しているんだ。ひたすら戦いを繰り返していけば、いつかは死ぬ」
「ちょっと待ちなさいよ!あんた死にたかったの?」
「そのようだ」
「な……何言ってんのよ!バカッ!!!!!」
その時エレンは破壊するものとの戦いを思い出した。皆、深手を負っている中、ハリードは捨て身とも思える攻撃をした。
『俺は死に場所を探していた。なんともいい場所じゃないか!最後にひと暴れするか!』
「あんたあの時、死ぬつもりだったの?」
「未だかつてない死闘だったからな。それも悪くないと思った」
「バカッ!」
エレンはハリードに縋りつき、罵りながらハリードの胸を叩いた。
「バカッ!私はそんなの嫌よ!みんなで生きて帰ることしか考えてなかったわ!」
ハリードの胸を叩きながら泣きじゃくるエレン。ハリードはしばらくされるがままになっていた。
「俺達は勝った。生き延びた。世界は再生された。そして姫はもういないことがわかった。俺も新しい自分の道を探さなければならない」
「そう。じゃあ……私と同じね」
「おまえと同じだ」
ハリードとエレンは同時にしゃべった。
「一緒に新しい自分の道を探すか?」
ハリードはエレンに手を差し伸べた。エレンはしばらくハリードと差し伸べられた手を見つめていた。そして手を取った。
歩き出す二人。
「ねえ、ハリード。これからずっとあなたと一緒にいていい?」
「ああ。おまえが俺の女になりたいというのなら、ずっと俺について来い」
「ええ。どこまでもついていくわ。私はこれからあなたと共に生きていきたいの」
「そうか」
それからハリードとエレンはいろんな話をした。
「私とファティーマ姫じゃ全然タイプ違うでしょ?どうせお姫様なんて、お淑やかで女らしい人なんだろうし」
「ファティーマ姫は優しいお方だったが、活発な一面もあった。俺は案外おまえみたいな女が好きなのかもしれん」
ハリードにとってエレンはファティーマ姫とはまた違ったタイプの女性であった。姫とは違う優しさをそなえた女性。勝気で男勝りだが、一人になった時に目的を見失うなど、案外脆いところもある。そこがハリードにとって気になるらしく、放っておけない存在であった。ファティーマ姫には高貴な女性に仕える騎士の如く、極めて紳士的に愛したハリードだが、エレンに対しては強引に引っ張っていきたいと思った。一人で自分の道を見つけられず惑うエレンを男として引っ張っていく、年上の男としてリードする、まだ若くて怒りっぽいところもあるエレンを大人の男として愛する、ハリードはそんなやり方でエレンを愛していこうと思った。
ファティーマ姫はもういない。最愛の姫はハリードが自分の道を見つけ新たな人生を歩み、幸せになることを望んでいる。
今のハリードのそばにいるのはエレンだった。まだ年若いエレンは初めての恋で闇雲にハリードについてきている。十歳以上年齢が離れているからか、ハリードはエレンを大切に守ってやろうと思った。愛しさが自然と心の中に湧き上がってくる。普段はハリードの方がエレンをリードし、支えることが多いが、今後人生を共にするに当たって、エレンに支えられることもあるのだろう。真の相思相愛は持ちつ持たれつの関係である。
「ところでエレン、もし俺がゲッシア朝を再興したら、おまえが王妃になるんだぞ」
「ええええええーーーーー!!!!!」
「なんてな」
「ちょ、ちょっと驚かさないでよ!私は農民出身よ。王妃なんて考えたこともないわ。それに、本当にそうなったらゲッシア朝の王族じゃないとあんたの王妃にはなれないんじゃないの?」
「神王教団も今後どうなっていくかわからん。この再生された世界で情勢がどう変わっていくかもわからん。おまえも俺の女になるならそういった覚悟はしておくんだな」
エレンは目をぱちくりとさせ、どぎまぎした。
「それとも二人でシノンへ行っておまえと農民暮らしか?今のところ興味はないが、傭兵を引退する年くらいになったら、それも悪くないかな」
「長閑な村で二人で平和に暮らす、か。家庭を持つってこと?」
そこまで言ってエレンはハリードと結婚することを考え、赤くなった。
「俺は姫を幸せにすることができなかった。だからおまえのことは全力で幸せにしてみせるさ」
「ほ、本当?」
「ああ。そういえばおまえ、ロアーヌの結婚式でブーケを受け取っていたな」
「え、ええ。花嫁は女の憧れよ」
エレンはブーケトスの時を思い出した。仮にハリードに振り向いてもらっても、式は挙げないような気がする。それは今でも変わってない。エレンは自分が花嫁衣装を着る時なんて来ないかもしれないと思っていた。
「あんたは興味ないでしょうけど、女にとって結婚や花嫁姿は憧れなの」
「知っているさ。姫だってそうだった。女はやはり結婚式の花嫁姿に憧れるものなのだろうな。おまえも俺と式を挙げたいか?」
「ええっ!?」
「確かに男にとってはたいしてこだわるようなことではないが、女にとってそうではないのだろう。おまえが式を挙げたいというのなら俺は構わんぞ。結婚式はゲッシア式か?シノン式か?それとも両方か?」
「えええええ!?」
「おまえがゲッシアの花嫁衣装を着たのを見るのも悪くないな。シノンの村の結婚式のやり方でも俺は構わんぞ。そして両方やってもいい。ロアーヌのダブルウェディングに負けない俺達だけの豪華な式を挙げてやろうじゃないか」
そう言うとハリードは晴れやかに明るく笑った。エレンはただ驚きでいっぱいである。
「ハリード、ちょっと変わったんじゃない?」
「ああ、俺はこれから新しい道を歩む。だから生まれ変わるのさ」
エレンはしばらく唖然としてハリードを見つめていた。
「どうした?さっき言ったように俺は姫を幸せにすることができなかった。だからおまえのことは全力で幸せにしてみせる。俺の女として俺に一生ついてこい!」
「ハ、ハリード!!!!!」
エレンは胸がいっぱいになった。
ハリードとエレン。ハリードは王国と姫の思い出を胸にしまい、生まれ変わることを決意する。エレンは一人になった後、ハリードと共に生きて生きたいと決意する。お互いを人生のパートナーとして選んだ二人は新たな人生を歩み始める。
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