エリオットは不機嫌だった。
長い間誘拐され、幽閉されていたこのローラントの王子はようやく救出され、やっと元の生活に戻った。まだ幼い為、できることは限られているが姉であるリースの手助けもしている。リースは国の復興に勤しみ、多忙の日々を送っていた。父のジョスター王も亡くなった今、リースはたった1人の家族である。そしてリースににとってもエリオットはたった1人の弟。生き残ったローラントの人々が側にいるとはいえ、両親を失った姉弟は今まで以上にその絆を深め、互いに支え合った。母親代わりの大切な姉。
そんなリースとエリオットの間に割って入る者が現れた。その男の名はホークアイ。
再結成されたナバール盗賊団の幹部であり、全世界を救った英雄でもある。そして勇者達のリーダーであり、新しいこれからの世界の導き手でもある。同じ世界を救った勇者の1人である姉のリースとは実質上恋人同士である。エリオットが気に食わないのはそこである。大切なたった1人の姉を『とられた』からにはいい気はしない。

お姉様は僕だけのお姉様でいて欲しかったのに。

長いこと離れ離れになっている間に姉のリースは変わった。人としても、女としても成長した。より気高く美しく。そんな姉の横に当然のようにいるホークアイが嫌だった。リースは今までいつもエリオットのことを最優先にしてくれた。それが今は二の次である。ホークアイが来るといつもリースはエリオットのことを後回しにする。そしてリースの方もホークアイの元へ足しげく通っているのだ。

ホークアイという英雄は世間ではこのように語られている。ナバール盗賊団の異変にいち早く気づき出奔。その後フェアリーに選ばれし者として世界を救う為、各地を旅する。その途中ローラント攻防戦に参戦し、悪しき者に操られたナバール兵とローラントを解放した。人数で圧倒的に劣るローラント軍が勝利をおさめることができたのもひとえにマナの勇者である彼の協力があったからだと言われている。彼自身はナバール軍によるローラント侵攻には加わっておらず、寧ろ悪しき者の手中に落ちたナバールとローラントを救い、諸悪の根源を倒したということでローラントの人々も彼を仇と見做すことはしなくなった。仮にも世界を救った英雄である。そう、彼は全世界を危機から救ったのである。

ホークアイのスマートで洗練された言動は同性・異性を問わず人を惹きつける力があり、徐々に人々の信頼を勝ち取っていった。普段は明るくひょうきんなお調子者として振る舞っているが、いざという時には真摯な態度で物事に臨む、そんなところが好かれていた。
エリオットにとって味方はいなかった。皆、英雄であるホークアイを讃える。ローラントの仇と見做す者も今ではもうほとんどいない。厳密には違うのと平和を取り戻した功績でそんな事実は霞んでしまうのだ。盗賊であることも義賊であると解釈され、勇者としての功績とホークアイ自身の人間的な魅力で皆、彼に好感をもってしまうのだ。だが、エリオットにとっては姉の心を奪った憎き敵である。

悔しいことにその憎き敵と大切な姉を頻繁に会わせているのはフラミーと名付けられた『翼あるものの父』である。バストゥーク山の山頂に住む空と山の守護神。ローラントにとっては大切な守護神である翼あるものの父を、ホークアイはいつでも呼び寄せ世界を飛び回ることができるのである。ローラントの人々がホークアイへの態度を軟化させたのはフラミーに認められているからというのも大きい。ホークアイはフラミーの背に乗り世界中を飛び回り、足しげくローラントにも、正確にはリースに会いに来る。リースもまた天の頂きまで行き、フラミーの元へ行くとナバールにいるホークアイの元へ文字通り飛んでいくのである。
悔しい。人々だけでなくローラントの守護神まで味方につけるとは。しかも翼あるものの父自らホークアイとリースの逢瀬の手助けをしているとは!

悔しい!許せない!僕のおねえさまを返せ!

エリオットは怒りに身を震わせた。





ある日、いつものようにホークアイはリースに会いにきた。翼あるものの父――フラミーの背に乗りローラント城の入り口に直接やってくる。ホークアイは今でも盗賊団にいるということも、ものともせずに王女であるリースに求愛している。そのあまりにも堂々たる態度に人々は呆れを通り越していた。そしてリースがホークアイを見てパッと顔を晴れやかに輝かせるその表情はエリオットの神経を逆なでさせた。今まで姉のあれほど嬉しそうな、幸せそうな顔は見たことがない。姉にそんな幸せそうな表情をさせているのが弟の自分ではなくホークアイだというのが腹が立つ。

リース「エリオット、出ていらっしゃい!ホークアイにご挨拶は?」

エリオットはぷうと頬を膨らませた。そしてフン!とそっぽを向くと走り去ってしまった。

リース「ホークアイ、ごめんなさい」
ホークアイ「いいんだよ、リース」

ホークアイの、その何もかもわかっていると言いたげな顔つきがさらに気に食わない。物陰から隠れて様子を見ていたエリオットはそう思った。

今日こそやっつけよう。あいつからおねえさまを取り戻すんだ!

そう決心したエリオットはホークアイが1人になるのを待った。手には武術の稽古に使う棒を持ち、ひたすら隙を狙う。
そしてわっと襲いかかった。が、あっさりとかわされてしまった。棒も簡単に取り上げられてしまう。

ホークアイ「こいつは随分と可愛らしい襲撃者だな」
エリオット「か、返せえ!」
ホークアイ「エリオット君、俺に挑戦したかったらあと十年はみっちりと武術で鍛えるんだね。隠れているつもりでも気配はバレバレ、攻撃も隙だらけだよ」
エリオット「き、気づいてたのか!」
ホークアイ「もちろん。君が大切なお姉様をとられて悔しがっているのもね」
エリオット「!!」

エリオットは憮然とした。

エリオット「お、おまえなんかにおねえさまは渡さないぞ!」
ホークアイ「はいはい。良い子だからこれからはお勉強と武術、しっかりとやるんだよ」

ホークアイはエリオットの頭をよしよしと撫でた。子供扱いされてむっとしたエリオットは手近にあった石を拾って思いっきりホークアイに投げた。もちろんひょいとよけられる。

エリオット「次に会ったら、今度こそおまえをやっつけてやるからな!」

エリオットは走り去った。その後、一部始終を見ていたリースが現れる。

リース「ホークアイ、本当にごめんなさい。エリオットには後でよく言って聞かせますから」
ホークアイ「可愛い弟じゃないか」

リースは心底申し訳なさそうにしょげている。

ホークアイ「大切なお姉様に恋人ができたら、弟としては嫉妬して当然だよ。それだけリースはかけがえのないお姉さんなんだよ」
リース「そうでしょうか。いつかエリオットも素直になってくれるといいのですけれど…」
ホークアイ「そうだねえ、俺にとっては未来の弟だから仲良くしないとなあ」

ホークアイのその言葉を聞いてリースはあたふたとした。

リース「あ、あの、ホークアイ…」
ホークアイ「それじゃあまた来るよ、リース」

ホークアイはリースを抱き寄せ口づけをすると、フラミーの背に乗って帰って行った。

リース「……………」

ホークアイは今まで『求愛』はしてきたが、『求婚』はしていない。彼はナバール盗賊団の中でも頭角を現している。いずれは頭領になるかもしれないとまで言われている。そんな彼と王女である自分の仲は一体どうなるのだろうか。今まではそれについて考えるのを避けてきた。だがいつまでもそうしているわけにはいかない。真面目なリースにとってホークアイとの恋はもちろん遊びなどではない。だが結婚となると――ひそかに縁談の話もひたすら断り続けていたリースはまた悶々と悩み始めた。





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