山と旅のつれづれ



巨樹巡礼第九部

主として中部地方で出会った巨樹についての雑文集です。
ときとして遠路旅先で出会った巨樹を含みます。


自分の足で観察した上で文章を付け加えています。
収録データを競うものではありません。あくまで気楽な旅日記の一ページです。


 

  今山田の大カツラ

 名古屋方面からは、東海北陸道の全通で賑わう白川郷や五箇山を通過して国道156号線沿いの小牧ダムリバーサイトの景観を眺め
つつダム堰堤の下、数百メートルで国道471に右折、500メートルほどで県道346に左折。舗装路だが、道幅は次第に狭く、曲がりくねっ
て心細くなってきたころに小さな駐車スペースを見つけて車を休め、さて、探すのが大変だと思案していたら、何と殆ど目の前に存在し
ていた。

 急斜面に大きな枝を広げていて、その葉陰に駐車していた。
 カツラの樹はいままで幾つか見てきたが、別所温泉北向き観音の愛染カツラ以外はすべてが深い山中の沢沿いに根を下ろしほとん
ど無数のひこばえで株が成り立っていて、一株で「林」を作るというきわめて特異な樹形に、何度お目にかかっても驚嘆する。

 スギやクスノキのような幹周が十数メートルにも及ぶ一本の丸太状の巨樹と比較すれば、根を同じくする数十本の太目の立ち木とそ
の外周などに、およそ数え切れないほど無数に発生する支木によって形成するカツラは大径木の迫力に欠けるがそれとは別の見応え
が楽しい存在だ。


ハート型の小さな葉っぱがやさしい今山田の大カツラ。
手前の柵と踏み跡のような観賞路が株の巨大さを強調している。







  

  南アルプス市、三恵の大ケヤキ

 「樹齢千年を経るというも、憶測であるが、相当年を経た巨樹である。ふるい時代の落雷によって西方がそがれているが、子女二十
人は充分入れる空洞をつくっている。
 樹高25メートル、根回り17.28メートル。目通り14.35メートル。五巨枝が四方に広がり折損枝あるも遠くから望んで小山の観がある。」
(以上は現地の解説版の丸写し)

 山梨県を旅行中、予めピックアップしておいた寄り道での収穫です。
 中央自動車道は双葉インターチェンジよりジャンクションで南下している中部横断道は、地元でもなければ未だなじみのうすい僅か十
数キロの高速道だ。その中間地点、その名も「南アルプス」インターチェンジという、何ともつかみどころのない名称がかえって目立つ。

 日本列島の背骨を形成する大山脈のほんの一角にすぎない地域だが、おそろしく大きな印象を与えてしまうこの地域は何と「南アル
プス市」という。南アルプスは正しくは「赤石山脈」であり、通称である「南アルプス」を新市の名称にするのは発想が貧しくはないかとい
ぶかってみたくなる。そのインターチェンジから北東方向におよそ十数キロ。

 ブドウとサクランボ畑の中に住宅が点在するのどかな雰囲気が漂う一角に巨体をふんばっている。
 見方によっては二本が競い合うように成長したとしか思えないような感じだが、中央が朽ち果てつつも残った左右の樹幹がしぶとく成
長したか、或いは左右から発生した新たな成長点が豊富な地中の根張りの助けで勢いよく育ったとおもえば合点がいく。いずれにして
も、想像力をかりたててくれる巨大な存在だ。

 それにしても、各地にふんばるケヤキやクスノキの生命力には目の当たりに見るたびに驚嘆をあらたにする。同一樹種でありながら
その樹形、特に土台部分にあたる形状は千差万別で興味が尽きない。


三恵のケヤキ。奇奇怪怪な樹幹が眼を惹く。

反対側から見れば台地を掴むこのたくましさ。

小山のようなこの枝張り。建物と比較することで巨大さが分かる。
同一の樹で見る方向によってこれほど印象の異なる巨樹はめずらしい。







 富知六所浅間大社の御神木(クスノキ)

東名高速富士インターと直角に交わる西富士道路の南の起点から数百メートル南に位置する富知六所浅間大社境内の一角に、御神
木と崇められながらもまことに寂しく佇む大きな存在が気になる。街の中の巨樹はよく目立つものだが、このクスノキはおぞましいほど
に節くれだった巨大な樹幹とはうらはらに生命を支える枝葉が極端に少ない。

境内のほんの片隅に遠慮がちにさえ見える樹形はまるで野菜の蕪(かぶ)を連想させるほどに、うずくまっていて、苔むした全身が
痛々しさを訴えているようだ。そんな佇まいが「樹勢は旺盛である」という現地の表示板とはうらはらに、神社境内での存在感を押えてし
まっている。
巨樹にはめずらしく疎外感さえ漂う、大きくて特異な存在だと思う。


御神木としてはいささか不似合いな、ユーモラスな感じさえ漂うクスノキ。








   精進湖のほとり、精進の大杉

 山梨県昇仙峡から精進湖に通じる甲府精進湖道路は比較的にクルマが少なく快適なドライブを楽しめる。
 上九一色村はオウムの影が消えて久しいが、この村を示す表示板を眼にすれば誰もが思い起こす忌まわしい過去は同じだろう。

 富士の裾野に広がる原野は限りなく広い。そんな原野を通り過ぎ、やがて長いトンネルを抜けると精進湖が眼前に展開する。
すぐ、右側の狭い生活道路を見落とさないように辿ると車幅ぎりぎりの心細い道を百メートルほどたどれば、諏訪神社境内に大きな杉
の木がそびえている。

 巨樹でありながら端正な感じのする楽しい大杉だ。枝の広がりも葉っぱの様子も非常に若々しく、隣接する精進区公民館に集う村人
たちをやさしく見守っているようだ。
 境内にはもう一本の巨樹があるが、一回り小さく、比較される相手があることで損をしている。


大きくても端正な樹形がたのしい精進の大杉。

左は上と同じ精進大杉。若々しい枝葉がたのしい大きな存在だ。右は本殿の脇に陣取る
もうひとつの杉。巨樹には違いないが、一回り小振りで不遇?をかこっている。








 越前市室谷町、水間神社ケヤキの群生

 だだっ広い越前市の一角、室谷町の県道117号線沿い。
 水間神社の境内に7本の大木が群生している、それぞれに個性があって見応えは充分だ。
 県道沿いで山道を辿る必要もなく、駐車場はないものの、その付近の路肩には充分なスペースがあるので、遠慮がちに利用させても
らおう。

 群生の中でも巨大なのはいちばん奥、本堂によりすがるように踏ん張っている。或いは神社の建物がこの巨樹によりすがっている・・
とおもったほうが当たっているのかもしれない。
 巨樹も見ものだが、古色蒼然としたお堂の佇まいが歴史を感じさせて素晴らしい雰囲気だ。
 この、風雪に耐え抜いた建物をすっぽりと覆う保護屋根の存在も信仰の厚い地元など関係者の保護に対する意気込みが伝わってき
て気持ちが落ち着く。

 他の6本は巨樹といえるほどではないとしても、広くもない境内に大切にされている雰囲気がたのしい。静かな山里の心温まる鎮守の
森です。
 此処への道すがら「小次郎公園」との道案内がやたらと眼についた。
 剣豪佐々木小次郎の出生地だという。小説の中の一人物だが、小説というのは多くの場合の場合モデルがあるはずなので、伝説な
どから辿った誕生の地なのだろう。落ち着いた公園になっていて、剣豪の説得材料には乏しいと思うが巨樹のある水間神社とは眼と鼻
の先なので、ついでに立ち寄ってみるのも面白い。


小さいながらも古色蒼然とした社殿が見もの。    水間神社のケヤキ。群生の中の最大樹








 夜叉ヶ池登山口の無名のカツラ

北陸自動車道今庄インターから「夜叉ヶ池登山道」めざしてひた走る。
快適な道路は間もなく退避スペースも不備な心細い林道になり、ひたすら対向車に出会いませんように・・と祈りながら荒れた路面に神
経を集中しつつ辿ると、泉鏡花の小説「夜叉ヶ池」の舞台といわれる夜叉ヶ池へと導かれる登山道入り口の小さな広場に到達すると車
道はそこで終わる。

この日の目的は歩く登山道を一時間ほど辿ったところにあるという大トチの樹だが、昼過ぎのこの時刻からの行動では無理かと・・思
案していたら、「山岳パトロール」の肩書きを持つ巡視員に声をかけられ、はやい時刻からの出直しを勧められた。
もともと、現地偵察の積りだったので所在を確認したことで一応の目的は果したことになる。ところが、思いがけないカツラの巨樹をその
駐車場の一角に見つけた。

親切なパトロールのオジサンとの談義のなかで、「ありゃ、たいしたことないよ」と評価されてしまったが、なかなかどうして、立派なカツ
ラの株立ちが駐車場の小さな車たちを見下ろしていた。
夜叉ヶ池を巡る1200メートルの山は既に紅葉の季節を迎えている。できれば、冬の前に登山道脇の大トチに出会ったうえで、尾根上に
ある幻想的な雰囲気に満ちた夜叉ヶ池とそれに続く三周ヶ岳への登山の機会をものにしたいと願っている。

とまあ、そんな積極的な計画を立てていたのだが、冬の訪れは意外に早く、暖冬をむさぼっていたら、突然の大雪に見舞われてあえな
く雪解けの季節までお預けということになってしまった。


夜叉ヶ池登山口の駐車場で登山者たちを迎え入れている無名のカツラ。
地元の人は大した巨樹ではないと言うけれど、わが愛車と比較してもやはり巨樹大木だ。








 多賀大社、飯盛木

琵琶湖の東岸ちかく、彦根市郊外の多賀大社は、おそろしく広い神社の社有域があるのか、御神木ともいわれるケヤキの巨樹は神社
から一キロほどもはなれた広大な田園の真っ只中に孤立するようなかたちで、悠然と佇んでいた。
「めしもりぎ」と読んでみたら「いいもりぼく」なのだそうです。
平地に根を下ろす巨樹は多くが鎮守の森か、名だたる名刹の敷地の一角で神社を守るか神社に保護されるかたちで「御神木」とされ
ているのが普通なので、孤立しているのが、なんともさみしく感じる。

しかし、七月のみどり一色の田圃の一角に枝葉を広げる雄大さも捨てがたい趣に満ちているとおもう。面白いのは二本ある大きいほう
を雄木、小さいほうが雌木とされていて、こういう場合、普通は夫婦木として縁起のいいものとされるはずだが、このお互いの二本は、
およそ百メートルも離れていて、夫婦とは言いがたい雰囲気なのだ。そんな微妙な関係を「夫婦」と呼ばず「雌雄」としたのかと勝手に発
想してみたが、こんな発想にふける雰囲気にあること自体が、まことに楽しい御神木ではある。秋、稲穂が熟すころ、一面、黄金のさざ
波の中に浮かぶ、ふたつの小島の印象的な雰囲気を想像してみた。すぐ近くにキリンビールの大きな工場があるので、それを目安にし
て多賀大社参拝の折に十五分ほど歩いてみるのも適度な足慣らしになります。


左側が雄木。巨大で朽ち果て部分も多く、痛々しさが伝わってくるが、樹勢はけっこう旺盛のようだ。
右は雌木。斜めにふんばって強烈な重力に耐えている姿勢がおもしろい。
雄木よりも力強さを感じる。







   多賀大社の御神木



 前掲の「飯盛木」を〈御神木ともいわれる〉と書いたが、こちらは正真証明「多賀大社の御神木」としての表示がある。この御神木も飯
森木よりもさらに離れて神社からはとんでもない距離に存在している。
自然洞窟「近江風穴」に通じる行き止まりの道の途中から、朽ち果てそうな「多賀大社御神木」の案内板をみつけて、入り込んだもの
の、分岐点から4キロ先という。

ほとんど待避スペースもないうえにヘアピン登路の連続する車幅ぎりぎりの林道は、ひとたび対向車に出くわしたらアウトだ。極度の緊
張に耐えられず、途中のわずかな路面のふくらみを見つけて何度も切り返したうえに、どうにか駐車して、後はひたすら歩いた。
鈴鹿山脈の滋賀県側、高度感もあり、ときおり林間から琵琶湖の大観をみおろしながら歩くのもまた楽しいものだ。こんなとき、一人歩
きは巨樹を観る目的だけのために付き合わされるつれあいの苦言をやり過ごす手間ひまを省けるので、このほうが快適なのだ。ときお
り、野生動物に出くわしてどっきりすることはあるけれど、クルマという鉄のかたまりに依存しながら事故を恐れつつ行動するよりもはる
かに快適なのだ。

さて、前置きがながくなったけれど、御神木はほんとうに山深く入り込んだ峠の付近に大きな存在がまことに目立たない位置に佇んでい
た。
 説明看板に惑わされず、その周りをつぶさに見回すことでようやく視界にはいる。なんとも不親切な案内看板である。周りには巨樹とは
云えない大木が散見され、一帯は見応えもあるが、文字通り御神木といわれる巨杉に出会うまでに、踏み跡だらけの崖をその踏み跡
に惑わされつつよじ登り、時間を無駄?にしながら、ようやくまったく別の位置に見つけたのがこの堂々たる御神木だ。山の急斜面は巨
樹大木と云えども平地と比べればその存在が森に馴染んでしまって、目の当たりにしない限り、小さく見えてしまって意外に気がつかな
いことが多い。

御神木の位置は多賀大社から、およそ8キロは離れている。ここも神社の神域だという。改めて多賀大社の神域の広さを思う。多賀大
社の駐車場の観光案内版には御神木ではなく、三本杉と表示されている。不思議だ。


多賀大社の御神木(杉)
三本杉とも云われ、合体樹のようだ。幹周りは11メートルとあり、取り立てて大きくはないが、
ここまで山道を歩いてたどり着いたときの感動は捨てがたいものが・・・








 奥飛騨、 村上神社の大杉 

奥飛騨新平湯温泉から国道471号線へ経て新穂高ロープウェイへ向かう県道475号線に入る直前、道路右側に覆いかぶさるような枝
の広がりを発見。村上神社境内に、まことに均整のとれた杉の巨樹が見事な佇まいを見せ付けていた。
とりたてて巨樹とは言えないが、殆どの巨樹に共通している痛々しさや年輪を重ねたふてぶてしさというか、神がかり的なおどろおどろ
した雰囲気がみられない、清清しいほどの樹形は、写真に収めるとき、その大きさを映し出すのが難しい。

若木をアップしただけの雰囲気になってしまうのだ。まして、山深い豪雪の地域とおもわれる奥飛騨で、何百年もの年月をこんなにすん
なりと素直に成長した姿をお目にかかれただけで、何となく得をしたような気分になる・・などと言ったら変だろうか。
旅の途中の楽しい発見が、翌日の晴天を約束してくれたのか、新穂高ロープウェイの山上駅展望台の焼岳、西穂、錫状、笠ヶ岳それら
を結ぶ稜線の大パノラマをほしいままにしていた。


このボリューム。周囲に干渉するものが無いと樹木はこんなにものびやかに
枝葉をひろげて、成長する。
神社向かい側の広い駐車場と相まって、非常に目立つ存在だ。







  奥飛騨 平湯の大ネズコ

 
 平湯キャンプ場、平湯大滝公園にほど近い山の中。国道わきの地味な案内板を見つけて広い砂利状の未整備な駐車場に入ると、そ
の一角から下草が茂って消え入りそうな林道が延びており、環境省の「森の巨人百選、平湯大ネズコ」の表示板の案内にしたがって、
およそ一キロメートル、後半は人ひとりしか歩けない登山道だ。

 前述の「村上神社の大杉」と同じく旅の途中での収穫であり、立ち寄るのに時間が少ない。急ぎ足で二十分、まだか、まだかと、あえ
ぎながら歩くと、突然目の前に立ちはだかるようにその威容を誇って迫ってきた。ネズコについては、わたしは殆ど知識がない。たしか、
木曽の国有林で知られる「木曽五木」は、ヒノキ、ヒバ(アスナロ)、コウヤマキ、ネズコ、サワラであり、美林を形作っている樹種であるこ
とには違いがないが、性質や木材としての用途については、むかし、下駄の材料として重宝されていたような記憶しか残っていないのが
残念だ。均整の整った樹形と巨樹にありがちな頬杖などの人工的な枝支えもなく、急斜面にしっかりと踏ん張っている風情が楽しい、素
晴らしい巨樹だ。根元など周辺もさりげなく保護されている。



筋骨隆々。熱い血が通っているのではないかと思わせるほどに、動物のような
温かみさえ感じさせる樹幹が見事。



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