山と旅のつれづれ



巨樹巡礼第十一部


主として中部地方で出会った巨樹についての雑文集です。
ときとして遠路旅先で出会った巨樹を含みます。

自分の足で観察した上で文章を付け加えています。
収録データを競うものではありません。あくまで気楽な旅日記の一ページです


青森県十和田市、法量のイチョウ   日本一、青森県JR五能線、北金ヶ沢のイチョウ

清滝のイブキ(ビャクシン)                                              長楽寺のイチョウ

切山の大杉                                                                     指宿温泉 五人番のアコウ

西伊豆大瀬崎ビャクシンの森                                                来宮神社のご神木(クスノキ)

能登半島珠洲市、倒さ杉(逆さ杉)






  法量のイチョウ (青森県十和田市)

 国道102号十和田湖温泉スキー場の東、およそ3キロメートル。
十和田湖民族資料館に近く、八甲田山群の広い裾野の一角にある。
巨樹の天然記念物については、ネットで閲覧できる詳細な地図を最大限に拡大しても表示されない例が非常に多いが、この大イチョウ
 については、明確に表示されているので助かる。

 幹周り14.5メートル。当初はわが国最大のイチョウとされていたという。その後には新たな発見というか、見向きもされず息づいてい 
た巨樹たちが明るみに出て、いまでは、4番目の巨樹だという。
八甲田山や十和田湖など知れ渡った観光地に隣接していながら、集落のはずれに、まことにひっそりと大きな存在が踏ん張っている。


法量のイチョウ。かつて、日本一と称されたが、現在は3位とされている。









 日本一、北金ヶ沢のイチョウ

 JR五能線北金ヶ沢駅に程近く、静かな集落の一角に、枝葉を地面にさわるほどに満面に広げて隆盛を誇っている。文句なしの最大
樹だ。案内表示も完備している。
 およそ1千年前にたぶん僧侶たちによって中国から導入されたといわれるイチョウは里山や街路樹などに広く植栽されていて、若木
が多いが、この大イチョウを目の当たりにすると、一体イチョウの樹はどこまで生長を続けるのかと、空恐ろしくなる。幹周りは22メート
ル。

 ただ、カツラの巨樹のように、ほとんど無数といっても大げさではないほどに、「ひこばえ」が密生していて、根元をひとつにして、「森」
を形作っている。こんな形状の樹の幹周りをどんな基準で測定するものか、興味が湧く。
 写真の表現技術に素人なわたしは、この樹の大きさを写し撮るのに苦心している。

何枚も撮ってみて、それでもこの程度で、不満がつのる。なにせ、存在場所が自宅から1000キロをはるかに超える距離なのだ。72
歳。二度と訪れることは、かなわぬであろう貴重な機会を実感しつつ雨中の巨樹観賞をしばし楽しんだ。


日本一。北金が沢のイチョウ。右は、違う位置からの根株。
幹周22メートル。しろうと写真で、大きさの表現が難しい。








 清滝のイブキ(ビャクシン)

  柏槇と書いてビャクシンと読む
  所在地は滋賀県山東町大字清滝字塔ノ中337番地
  幹周4.9m樹高10m推定樹齢700年とある。

 戦国時代の豪族、京極家の菩提寺「徳厳院清滝寺」の入り口桜並木の脇に大きな存在がひっそりと枝葉を広げている。スギやクスノ
キと比較すれば、決して巨大な存在ではないが、複雑怪奇な樹幹は目の当たりにすると、ほんとに物凄い迫力に圧倒される。

 イブキ(柏槇)という木は住宅の垣根などによく植栽されている「カイヅカイブキ」の原種なのだろう。木肌も葉っぱもそっくりだ。垣根や
公園でお目にかかる限りにおいて、およそ、巨樹大木になりうるようなイメージがなく、むしろ、灌木の部類だと思っていたが、目からうろ
この大発見のような感動に満ち足りたひとときだった。

切山のビャクシン  右はその上部






  

 長楽寺のイチョウ

 岐阜県中津川市阿木5864-3.阿木中学校の南400m。

 山間集落の生活道路の宿命で主要道路から離れると非常に分かりにくく、探すのに難儀することが多い。この大イチョウもそんな集
落の中にあるが、幸いにも黄葉の季節まっさかりで、イチョウにまつわるイベントもあるのだろう。目立つ幟旗が主要道路から並んでそ
れに導かれ、迷うことがなかった。枝葉の広がり、全体の姿形といい、申し分のない佇まいに見とれていた。樹齢1200年とあるが、事
前情報による記憶では800年という。

 だいたい、巨樹の年齢など、詳しく、あるいは大まかにでも分かるものではないと思う。
樹を傷めないていどに幹の中心に向かって小さくくりぬき、年輪を数えるというけれど、巨樹の中心部、つまり、はらわたは朽ち果て空
洞になっているのがほとんどで計測不可能なことが多いと思う。

 イチョウの木は、およそ1000年前に僧侶たちが薬用として中国大陸から導入した「ギンナン」の身がこの国での発祥の起源とされて
いるようなので、樹齢1200年は大げさな気がする。幹周りは8メートルとされているが、日本で最大といわれる青森県北金ヶ沢のイチョ
ウは22メートル。いったい、イチョウの樹はどこまで成長を続けるのだろう。

 長楽寺のイチョウは、その姿かたちといい、黄葉まぶしさといい、目の当たりにしてみれば目立つ存在でありながら、県指定の天然記
念物ではあるものの、地図上では古刹長楽寺とともに、まったく表示されていない。
地図情報の上で片手落ちな気がする。









  切山の大杉

 愛知県豊田市。平成の自治体大合併で豊田市は、ばかばかしいほどに広くなってしまった。自動車工場がひしめく旧市域とクマやイノ
シシ、タヌキもキツネもシカも、その他もろもろ野生動物たちがうごめく山間部も、ほとんど人が住まない山並みも大きなダムも、なんで
もありの見渡す限り豊田市なのだ。地図を広げていて面食らうこと、この上なし。

 切山の大杉もそんな豊田市の外はずれ、東海環状道豊田松平インターチェンジから国道301号線をおよそ20キロ、473号線と交
わる地点から1キロメートル。道路の右側(南側)に粗末な脇道を入ったところに堂々とそびえている。
 おおかたの地図には天然記念物のマークとともに表示されているが、現地にはそこにたどり着くための案内表示がまったくなく、不親
切きわまりない。

 特異な樹形が感動ものだ。日本海側に多いとおもわれる「芦生杉」とか「裏杉」といった種類らしく、垂れ下がる大枝が地面に着いて根
着き、立派に分身が共存している。
 取り立てて巨樹大木というほどではないが、無数の下り枝が、さながら千手観音を連想する。幹周は8メールあまりだが、とにかく見ご
たえのある存在だ。

 かたわらの石碑には『千の手をさしのべたまふ菩薩とも切山大杉の幹仰ぎ見る』
 詠み人が判読できないのが少々はずかしい。


切山の大杉  右は地面に接して根付いた子木







指宿温泉 五人番のアコウ



 九州最南端、錦江湾の出入り口大渡海岸、通称「五人番」というところにあったが、2004年の大型台風によって倒壊し、海上輸送で
現在の地、指宿温泉の広大な造成地と思われる海岸広場に移植されたという。
 だだっ広い広場の一角に大きな存在がさみしく枝葉を広げている。このような大木がよくぞ根付いてくれたものだと感心する。

 アコウという熱帯性ないしは亜熱帯性の樹種は他の大きな木に蔓状の幹を網目状に取り巻き、旺盛な成長力でがんじがらめに締め
付け、やがては頼りにしてきた親ともいうべきその木を朽ち果てさせてしまい、別名を「絞め殺しの木」という。
 「親木」が朽ち果てたころ、アコウはすでに独り立ちしていて大木になっているというおぞましい植物だ。この巨樹も樹幹を覗いてみる
ことを忘れてしまったが、たぶん親木の残骸をわずかに残すか、空っぽだろう。

 幕末維新のころ多くの偉人たちを見つめてきたであろう錦江湾の一角で、物言わぬ歴史の証人を絶やすまいと現地の人々の保護活
動によって現在の地にそびえている。




 



西伊豆大瀬崎(おせざき)ビャクシンの森


 全国の巨樹探訪というわたしの10年来の趣味も、折に触れては行動してきたが、気軽に到達できる範囲については、おおかた巡っ
てしまったので、足が遠のいているときに、一人分残った青春18切符を入手し、静岡県沼津駅まで出かけ、そこからバスで西伊豆大瀬
崎半島まで出かけた。

 目的地ビャクシンの森は、バス終点から4キロ。往復8キロを歩くことになる。「柏槇」と書いてビャクシンと読む。住宅の垣根などによく
植栽されるカイズカイブキの近縁種とおもわれる。灌木のイメージしかない樹種と思われがちだが、巨大な盆栽?の群れに圧倒され
る。

 千変万化する樹幹が奇々怪々な雰囲気で展開している。こじんまりとした大瀬崎(おせざき)半島で潮風に逆らいながら林立する風景
は、まさに圧巻だ。一帯はダイビングの名所のようで、12月というのに、ダイビングショップがウエットスーツに身を固めたダイバーたち
で賑わっていた。彼らにしてみれば、ビャクシンの森など意に介さず・とばかりに、天然記念物の樹間で洗濯物を引っ掛けて干して、日
向にたむろする光景が面白い。ダイビングには無縁のわたしのほうが、巨樹を仰いで佇む自分自身の存在に違和感というか、場違い
なところに入りこんでしまったような、何となく落ち着かない気分になる。

乗客たった二人を乗せた帰りのバスで、運転手を含めた3人で話が弾んだ。
8キロの距離を歩いてきた話になったら、大いに感心していた。たぶん、本音ではあきれられていたのだろう。
 旅先で知らない地域を足で歩くのは結構たのしいことなのだが理解する人は少ない。

 運賃が1180円、往復で2360円。名古屋から沼津までの18切符終日運賃と同額だ。運転手が千円で一冊の回数券を買ってくれ、
という。一割おまけがついているので、一冊丸ごとに不足分80円をいれてくれれば、100円の得になるという。
得した金額よりも、一期一会の乗客にさりげない気づかいがうれしかった。
 バスは1時間余りをかけて沼津駅に着いた。







来宮神社の御神木(クスノキ)


 熱海駅から来宮方面へ温泉街のアーケードのある坂道の商店街は一月半ばで新年気分も手伝ってか大いに賑わっていた。
ひところよりさびれたといわれる温泉街もさすが熱海だ。地方都市の駅前商店街が軒並みシャッター通りになってしまった昨今、こうし
た商店街を歩くと懐かしさを覚える。

 30分ほど歩いたろうか、来宮神社は未だ初詣の善男善女で賑わっていた。
 歴史に彩られた神社のようで、社叢は大木が目立った。

 その中でも、ひときわ大きなクスノキが奥まった位置に堂々と、或はグロテスクなほどに巨大な樹幹を見せつけている。推定樹齢200
0年、幹周りは23.9メートルというので、国内で最大といわれる鹿児島県蒲生の大クスに匹敵する巨樹だ。いったい、クスノキという木
は、何年生きてどこまで巨大化するのだろう。樹幹の、大きなうろ(空洞)は、ぞっとするほど複雑に入り組んでいて底知れぬ迷路を連
想する。
 お参りの人が写ったので、比較対象になり、その巨大さが分かりやく、ありがたかった。








能登半島珠洲市、倒さ杉(逆さ杉)

  能登半島の先端、珠洲市。飯田漁港の西方1.5キロ。
  高照寺からは、東100m。この杉は代表的な地図には天然記念物の表示があるので、それに従えば分かりやすい位置にそびえて
いる。周りが田んぼの中で、杉にしては見事な盆栽を思わせる。「さかさすぎ」の名のごとく枝のほとんどが斜め下に向かって伸びる様
は見ごたえ十分だ。巨大、というほどではないが、自然のデザインの妙を感じる。

  日本海側に多いといわれる、複雑に枝を張る「うらすぎ」とか「あしうすぎ」の種類か、或は、降雪が多く、季節風の強烈な地域でしぶ
とく生き延びた証のような佇まいは生命力に満ち溢れている。
 各地域の巨樹大木たちが、天然記念物に指定されていても、意外なほど地図に表示されていないのが現状のなかで、石川県指定の
倒さ杉は大事に保護されているのだろう。はっきりと表示されていて、巨樹探訪の目的で遠出する身にはほんとうに助かる。