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Title

LA LEYENDA DE LA ESMERALDA
LA ANTOLOGIA DE LA MUSICA COLOMBIANA


esmeralda
Japanese Title エメラルドの伝説〜パシージョからバジェナートまでコロンビア音楽の知られざる世界
Date 1950s - 1970s
Label ボンバ BOM3003 (JP)
CD Release 1990
Rating ★★★★☆
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Review

 90年前後にわき起こったワールド・ミュージック・ブームの一翼を担ったのがパン・カリブ音楽。その火付け役がマルチニークのマラヴォアだったとすれば、コロンビアの音楽はブーム末期に咲いたあだ花。なるほど、華麗で優雅なマラヴォアにたいし、コロンビアの音楽はどこかブキッチョで野暮ったくブームの最後を飾るにふさわしい音楽だった。

 あのころ、中村とうようさんは追い風に乗って、2つの忘れがたい仕事をしてくれた。
 ひとつは『ミュージック・マガジン』別冊としてワールド・ミュージック専門の季刊誌『ノイズ』を創刊したこと。『ノイズ』は1989年3月から92年4月まで全13冊発行された。いまでは考えられないことだが、全号通じて表4(裏表紙)を飾ったのは伊勢丹だった(「グラマー民族の大移動」とか「意伝子、あります。」とか中学生レベルのキャッチコピーがむちゃくちゃお寒い)。銀座のど真ん中にある山野楽器でマラヴォアの『ジュ・ウヴェ』が第1位になった時代ならではのことだった。

 もうひとつは、本とCDを一体化させる試みからはじまったレーベル、オーディブックの設立である。代表的なものとして『大衆音楽の真実』3部作、89年の『ブラック・ゴスペル入門』から94年の『南アフリカ音楽入門』まで、ワールド・ミュージック中心の「入門」シリーズ全12巻がある。4千円(のちに3800円)という高価格は痛かったが、オーヴァーにいえば、これらがなければいまの自分はなかった。それほど影響された。

 コロンビアの音楽も「入門」シリーズから発売されてよさそうだったのに、なぜかボンバから発売された。いまにして思えば、オーディブックはとうようさんが所有するSPなどから著作権の規制のゆるい音源を盤起こししてCD化していたことから、比較的新しめの音源が多いコロンビアのポピュラー音楽は著作権の問題でCD化しづらかったという事情があったのではないか。ちなみに、その後、著作権法が改定されて、録音から50年以上経過した音源しか使えなくなってしまったため、オーディブックは97年に活動を停止してしまった。

 さて、そのボンバだが、国内プレスによるコロンビア音楽シリーズとして、つぎの8枚をリリースした(すべて廃盤)。

(1)V.A.『エメラルドの伝説』(本盤)
(2)V.A.『クンビア・デ・コロンビア』(BOM2018)90年
(3)エストゥディアンティーナ・ソノルクス『コロンビアのストリング・ミュージック』(BOM2036)91年
(4)ルーチョ・ベルムーデス『サン・フェルナンド〜ベスト』(BOM3007)92年
(5)アルフレード・グティエーレス『エル・パリート』(BOM3002)90年
(6)アルフレード・グティエーレス『アブラサディートス』(BOM2014)90年
(7)ビノミオ・デ・オロ『フィエスタ!』(BOM2032)91年
(8)ビノミオ・デ・オロ『デ・アメリカ』(BOM2051)92年

 同社からは輸入盤に解説と帯を付けたかたちで、ほかにつぎの2枚が国内配給された(国内リリース年)。

(9)アルフレード・グティエーレス『アコーディオンの反逆児』(BOM111)90年
(10)V.A.『スーパー・コロンビア!』(BOM106)90年

 ところで、コロンビアにはフエンテス Fuentes とソノルクス Sonolux という老舗の二大レーベルがあって、これに次ぐのがコディスコス Codiscos。ボンバはソノルクスとコディスコスと契約していた。コディスコスは、ビノミオ・デ・オロのようなおもに70年代以降のグループが中心だったから、本盤をはじめ、初期のヴィンテージな音源はすべてソノルクス原盤によっている。コロンビア音楽ブームの中心だったクンビアやポロなど、北部のカリブ海に面した黒っぽい音楽はフエンテスのほうが強いとされているので、その点がややもの足りない気もするが、フエンテス原盤を使ったマンゴ/アイランドやワールド・サーキット盤よりも、選曲、構成の面ではすぐれている。田中勝則さんの解説もわかりやすくていねい。

 本盤発売に先立って、季刊『ノイズ』第7号(90年9月)で、中村とうようさん、田中さん、ボンバ・レコードの金沢直人さんの3人による座談会を中心としたコロンビア音楽の特集が組まれた。これは現在に至ってもなお、日本語で書かれたコロンビアの音楽にかんするもっともくわしい資料であり、『エメラルドの伝説』のタイトルもここから生まれたし、本盤の副読本といってもいい。

 『ノイズ』記事にあるとおり、コロンビアは国全体を三本の山脈がタテに走っていることから地域によって音楽はさまざま。たとえば、中央部の山のなかにある首都ボゴタは白人っぽい(正確には白人とインディオの混血であるメスティーソ)パシージョ pasillo やバンブーコ bumbuco があって、おなじ白人系でもベネゼエラに隣接する東部の平原地帯、ジャノス地方はホローポ joropo、西部の太平洋側はインディオの要素が強いクルラオ currulao、北部カリブ海沿岸はクンビア cumbia、パセーオ paseo、ポロ porro というように。本盤の構成を大きく分ければ、全24曲のうち、10曲目まではおもに内陸部のメスティーソ系音楽、残り14曲が北部カリブ海沿岸のムラート(白人と黒人の混血)系音楽からなっている。

 もちろん、こうした二分法は便宜上の話であって、たとえば白人系のパシージョのなかに黒人系の打楽器やリズムが使われていたり、アコーディオンにカハというタイコとグァチャラカというグィロが使われるのが一般的な、北部の音楽バジェナートは、リズムは黒人的なのに、メロディや歌いまわしにメスティーソ的だったりする。しかし、この複雑さこそコロンビア音楽のわかりにくさであると同時におもしろさなのだ。

 当初は収録曲をひとつひとつくわしくみていこうと思ったが、予想以上にぼう大な字数が必要とわかり、方針転換して個人的に聴いておもしろかった楽曲についてのみとりあげることにした。コロンビア音楽についてもっと知りたければ、田中さんのライナーノーツか『ノイズ』第7号を参照するほかない。CDでは田中さんのオフィス・サンビーニャが扱っている「ラフ・ガイド・シリーズ」"THE ROUGH GUIDE TO CUMBIA"(TS-19027)あたりが現時点ではうってつけか(持っていないけど)。

 冒頭の'EL CAFE TERO'「コーヒー園の男」は、エストゥディアンティーナと呼ばれるストリングス中心の編成によるインストゥルメンタル。エレガントで洗練されたパシージョは、ブラジルのショーロ、ベネズエラのホローポと雰囲気がよく似ている。なお、この曲はエストゥディアンティーナ・ソノルクス Estudiantina Sonolux の単独盤『コロンビアのストリング・ミュージック』(BOM2036)の冒頭にも収録。

 もうひとつの白人音楽の代表とされるバンブーコ'ANTIOQUENITA'「アンティオキアの娘」を演じるオブドゥリオとフリアーン Obdulio Y Julian は50年代に活躍した男性デュエット。甘美でとろけるようなヴォーカル・ハーモニーといい、ギター中心のストリング・バンドにクラリネットがからむまろやかなアンサンブルといい、プエルト・リコの音楽を連想してしまった。

 現在のアコーディオン中心の演奏によるバジェナートのスタイルがレコードで聴けるようになったのは意外と新しく、もとはギター2人に打楽器を加えたギター・トリオでやる音楽だったらしい。そもそもバジェナートとはパシージョとかクンビアとかのようなリズムの名まえではなくて、音楽のスタイルをさすもので、代表的なリズムとしてはパセーオやメレンゲ(ドミニカのメレンゲとは別物)だった。
 そして、40年代からこれらをギター・トリオでやったのがギジェルモ・ブイトラーゴ Guillermo Buitrago。しかし、ブイトラーゴはフエンテス専属だったため、ここでは代わりにボベアとかれのバジェナートスによるパセーオ'039' を収録。ギター・トリオによる素朴な歌と演奏で、トリオ・マタモロスを思い出した。本家本元のブイトラーゴについては、機会があればいずれとりあげてみたいと思う。

 ブイトラーゴがはじめたバジェナートがアコーディオン中心の演奏でされるようになったのは60年前後という。その最初期のスターがアレハンドロ・ドゥラーン Alejandro Duran。ここに収められたパセーオ'MALA VIDA'「ついてない人生」は初期の録音らしく、野卑でブッキラボーな歌と演奏がヤサグレぽくてなかなかいい。

 40年代なかば、北部カリブ海岸の音楽をポピュラー音楽として確立した偉大なバンド・リーダーがルーチョ・ベルムーデス Lucho Bermudez である。ここではかれの最初のヒット曲であるポロ'CARMEN DE BOLIVAR'「ボリーバルのカルメン」と、クンビアの録音としては最初期の50年代前半のヒット曲'DANZA NEGRA'「黒いダンス〜コロンビアのクンビア」の2曲が聴ける。キューバ音楽の影響が感じられる洗練されたアレンジにマティルデ・ディアスという女性歌手をフロントに起用したスタイルは、後年のクンビアのハチャメチャなイメージからするとずいぶん格調高い。

 前掲のとおり、ボンバは92年、ベルムーデスの単独CD『サン・フェルナンド〜ベスト』(BOM3007)を日本独自の編集で発売した。個人的にはベルムーデスの音楽は大好きだ。しかし、このどう考えても地味なアルバムをいったいどれだけのひとが買ったというのか。やはり、これは金沢社長の趣味にちがいない。ちなみに上記2曲はこのベスト盤にも収録。

 正統派のベルムーデスに対し、『ノイズ』誌上の座談会で“インチキ臭い”と親しみを込めて揶揄されているのがパチョ・ガラーン Pacho Galan。ここでもみずから考案したメレクンベーと称するわけのわからないリズムによる演奏が収められている。以前にオルケスタ・アラゴーンの音楽を山下毅雄が書いた60年代アニメ「冒険ガボテン島」の主題歌みたいといったことがあったが、「ガボテン島」はむしろ、この'AY COSITA LINDA'「何て素敵なこと!」に近かった。ガラーンについても、ヒマがあったらレビューでとりあげてみていいかも。

 くり返すが、金沢社長がみずからおこなったという本盤の選曲・構成はタメになるだけでなく、単純に音楽として聴いてもじゅうぶんに楽しめる。そんななかでも個人的にとくに気に入っているのが、オルケスタ・ソノルクス Orquesta Sonolux によるブラス・バンド・スタイルの2曲である。

 北岸から南へ走る山間の村ではブラス・バンドの演奏が発達し、これがポロのもとの姿といわれている。オルケスタ・ソノルクスは、前掲のエストゥディアンティーナとおなじく、ソノルクスのハウス・バンドらしく、ボンバルディーノ(高音域のチューバ)を使うなど古いスタイルをできるだけ忠実に再現しようとしたようだ。複雑に折り重なるホーン・アンサンブルにシンバルなど打楽器がアフター・ビートを刻んで強烈なグルーヴを生んでいる。なかでもクンビアの一変種とされ、ポロをやや早くしたようなガイタ Gaita で演奏される'LA ESTREOFONICA'「ステレオ・サウンズ」でフィーチャーされる軽やかなクラリネットと重低音のホーンズとの丁々発止のやりとりはとてもスリリング。

 じつをいうと、コロンビアの音楽をこんなによく聴いたのは十何年かぶり。聴けば聴くほど愛着が出てきてしまって、あまり好きでなかった姉妹盤の『クンビア・デ・コロンビア』(BOM2018)も気づいてみればそれなりにおもしろく聴けるようになっていた。この勢いでフエンテス盤にチャレンジしてみるのも一興かな?




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by Tatsushi Tsukahara