山と旅のつれづれ




PC絵画 第五部

幼かりし頃、好きだったお絵描き。仕事の現役中は、すっかり忘れていて、50年目に出会ったそれは、
思いがけないパソコンによるお絵描きです。場所をとらず、ソフト以外の道具一式の必要もなく、
手軽に描ける面白さに浸っています。
作品はすべて自分で撮ってきた写真や旅行パンフ或いは、頭に浮かんだ架空の風景を題材にしています。
写真トレースやデッサンを省略して、キャンバスに直接色描き手法で描いています。
    

大本山総持寺祖院奥の院ミニ八十八箇所      大型帆船海王丸

蕎麦の花園                   西表島夏景色

南のさいはて、波照間島             初夏の五箇山

在りし日の三陸の風景に重ねて         高原の散歩道

琵琶湖の春             湖北、忘れられた船着き場






大本山総持寺祖院奥の院ミニ八十八箇所

 能登半島の中央部にひっそりと佇む古刹、総持寺祖院(五十年目の絵筆第二部で紹介)
 総持寺祖院の裏山にあるミニ四国八十八箇所は深い森の中、起伏に富んだ踏み跡程度の通路沿いに小さな祠で結んでいる。
 ミニ八十八箇寺は比較的に規模の大きい京都仁和寺裏山のそれが印象的で記憶に残っているが、古刹の裏山に超お手軽お遍路行
脚の舞台が各所にあって私にとってはお寺の観賞(失礼、信仰心に薄く、お参りとは素直に言いにくいので)の後、一服の清涼剤という
か、適度なウオーキングであり、旅の途中でそういう所を見つけることを楽しみのひとつにしている。

  深い森の中に明るく差し込む木漏れ日に照らされた下草の風情が印象的で小さな祠の存在が強調されて、何でもないようでも得が
たい瞬間なのではないかと、思いつつ安物のカメラに捕らえた一枚。パソコンの画面で大写ししてみれば、絵になる風景になっていた。
 しかし、周りが緑ばかりの風景を文字通り絵にすることの難しさを痛感している。いじくりまわして何とかまとめてみたけれど不満が残
る。しかし、これでも画面を睨みつつ長時間の試行錯誤の結果なので、残しておきたい一枚ではある。









大型帆船海王丸


 富山新港の先端、海王丸パークに固定され観光資源として公開されている海王丸。
かつて、日本丸と共に世界一美しいと称えられた大型練習帆船だ。強大な機関を備えた巨大船があたりまえの時代でも、海の男を育
てる手段として大型帆船の存在意義は大きいのだろう。現役引退後も新造帆船に引き継がれている。

 港で観光ショーとしてセーリング中の勇姿を写真に収め、お手本としたのがこの絵です。
訪れたのは数年前。富山新港は広い公園に海王丸の勇姿が映える印象的なくつろぎの場だった。そこから、山の装備をまったくせず、
行き当たりばったりにアルペンルートの室道平まで行ってしまって、寒さにふるえあがって、現地で急場しのぎのビニール合羽を買い求
めてなんとかしのいだ記憶がなつかしい。富山湾と北アルプスは無計画にぶらっと行きたくなるほどに、ほんとうに距離が近い。

 海や背景の空と湧き上がる入道雲はお手本がありません。脳裏に描いた風景です。実風景とマッチしているでしょうか。もっとも、絵
はそれぞれの感性というか個性で描くものなので、自分で納得していればそれでいいのだろうけれど・・・








蕎麦の花園


 岐阜県中津川市郊外の観光ずれしない広大な高原の一角。隣接する小さな人工湖「椛の湖」と合わせての素朴な集客施設として売り
出しているようだ。
 椛の湖はそのむかし、フォーソング華やかなりしころ、中津川市のグループが地元文化の振興を目的として組織された「フォークジャ
ンボリー」の開催地だ。三年目には湖畔に設けられた野外ステージが溢れんばかりの観衆を動員したものの、いくつかのフォークグル
ープが中央での出世の糸口をつかむに至ったことで、「地方の振興」という当初の目的がかすんで、解散の憂き目にあったという、めず
らしい過去を秘めた小さいが美しい湖だ。

 ここを出発点として現在も活躍している歌手は何人かいるという。なにはともあれ、その分野で一時代を築いた歴史的な存在なのだろ
う。
 湖を囲む広大な高原農地は周りの森林とのマッチングがたのしい、静かな別天地だ。知る人ぞ知る名所でもあるのだろう。湖畔のオ
ートキャンプ場は夏休みのような賑わいを見せていた。そんな一角に見渡す限りの蕎麦の花園が出現している。種を蒔いてから僅か75
日で収穫できるという蕎麦の実は、寒村の「代用食」のイメージはすでになく、各地で名物ソバに出世している。それに加えて花をたのし
むというオマケまで定着していて、初秋の高原を彩っている。ただ、白一面の花園は絵にすると雪景色と間違われるといけないので、彼
岸花を片隅にあしらって、この絵のポイントにしています。季節的にもマッチしているし、現地ても散策道沿いに育成が計られている。

 彼岸花は夏がおわり、ようやく涼しさが実感してきたころ、ほとんど季節をたがえずに、地表に蕾が現れたとおもったら、あっという間に
満開になり、一週間も持たないでしぼんでしまい、溶けてしまったか・・と思うほどにあっけなく消え去る。
 そして、しばらくすると、冬枯れの野原や路傍に水仙に似た緑の葉っぱが茂っていても、それが彼岸花の葉であることに気がつく人は
少ない・とおもう。

  かつて死人花、墓場の花、毒の花、球根の毒を抜けば飢饉のときの非常食になるとか、いろいろ謂れがあり、また、花の時期に葉っ
ぱが全くないことも、毒々しいほどの赤と相まって忌まわしい印象を持たれたのかもしれない。それが、近頃は見直されていち早く秋を
告げる花として人気を博している。
何時の間にか初秋の野を鮮やかに彩るスターの座にのしあがるほど出世してしまっためずらしい野の花ではある。
あらためて意識してみればほんとうに美しい花なのだ。









西表島夏景色


 沖縄の旅のフアンであれば一目みて、あ、あそこだ・・と、きっとうなずく風景に違いない。大きな西表島に付随するように浅い干潟の
海で隔てた先に全島が植物園というまことに小さな由布島は植物のフアンには亜熱帯のパラダイスだ。
 この絵のような青を基調とした透明感に満ちた風景には旅人たちは中々お目にかかれない・・と思う。しかし、絵ハガキなどのとびっき
りの写真を目の当たりにすれば、容易に想像はできるほどに、沖縄の離島の海はすばらしい。
 緩慢な動きで浅い水底の固くしまった白い砂を踏みしめて歩く水牛は、二トンもの重量を軽々と?引っ張る力持ちなのだそうです。操
る人の三線(三味線)の音色に合わせて素直に動く水牛の従順さと動物の武器であるはずの巨大な角との対比があまりに不似合いで、
哀れに見えてしまってしかたがなかった。水牛たちにしてみれば、食の確保の必要がなく、かえって天国?かもしれないのに・・・

(旅先で買い求めた絵はがきを題材にしています)
旅のエッセー14。西表島、小浜島探訪と合わせてご覧ください。








南のさいはて、波照間島

 絵による表現が難しいが、サンゴ礁の海は言葉には言いつくせないほどに美しい。
 意外なのは、水中の、あのサンゴ群は陸からは何の変哲もない、むしろ黒っぽくくすんだ色なのだという。エメラルドグリーンの部分は
サンゴの残骸による白い砂を自然に敷きつめた部分が碧い空の色と透明な水による光の屈折などによって織りなす反射作用であの色
になるのだという。その白い砂は、アオブダイなど生命体であるサンゴを殻ごと食べる強靭なあごを持つ魚類が、食べたサンゴを消化
する際に腸内で砕いた排泄物が気の遠くなるような年月を重ねて堆積したものだという。信じられないような自然の営みによって輝く浅
い海が形成されている。
 この絵も絵ハガキの写真を題材にしています。
 沖縄の海は天気に恵まれさえすれば、こんな素晴らしい風景が随所にみられる別天地だ。

石垣島まで、中部国際空港から直行便で三時間。波照間島は石垣港から高速船でさらに七十分。
絶海の孤島にも400人の住人が【波照間一家】を楽しんでいる。
わたしには、そんな雰囲気が感じられた、見方によってはパラダイスかもしれない。
旅のエッセー14。南のさいはて、波照間島と合わせてご覧ください。







初夏の五箇山


 合掌住宅を背景にしたのどかな棚田での田植えは、新聞の朝刊第一面を飾っていた。
 実際にはさらに多くの人々が田植えにいそしむ風景は田畑や野山の躍動の季節の到来を表現していて素晴らしい写真になってい
た。こういう風景に出会うとどうしても描きたくなる。しかし、変化に富んだ景色は表現がむつかしい。これでも、かなり省略している。

 さながら、「お田植え祭り」のような楽しいひとこまは、幼かりし頃、棚田にかぎらず、どこの田んぼでも普通に見られた農繁期の風景
だが、のどかな風情とはうらはらに腰を曲げての作業の辛さを私は経験的に実感している。それでも、集落が総出で和気あいあいの農
作業風景は、古きよき時代のひとこまだったのかもしれない

 それが、現在では、大型の田植え機があっという間に早苗を整然と植えていく。
 農家は重労働から解放されたことは目出度いが、一年の内数日しか稼動しない高い農業機械の代金の支払いに苦しむ理不尽にさら
されている。といったら言い過ぎだろうか。









在りし日の三陸の風景に重ねて


 四国の太平洋岸の風景だが、かつて、一週間にわたって旅した三陸の集落に雰囲気が非常に似ていると思うので、
記憶を呼び戻しながら描いたのがこの絵です。
入り組んだリアス式海岸が数百キロにわたって展開する風光明媚な三陸の街も集落も自然の猛威に奪い去られ、
二度と接することさえ適わなくなってしまった。
 大震災からの復興の槌音に接する機会が早からんことを願ってやまない。







高原の散歩道

71歳。年甲斐もなく不似合いなキャンプに出かけた。
 そういう何となく既成観念みたいな思いに支配されることなど気にすることもなかろうに、と思いつつ結構楽しんでしまった。
やっぱり、子や孫に誘われると気持ちも若返る。
 とりわけ、朝の散歩道は清々しく、写真に撮ってきた風景を題材にしてPCで描いたのがこの作品。描きづらい部分はご都合主義で省
略ないしは創作風景にしてしまっている。
 実際の風景とは印象が違っているが、そんなことが出来てしまうのも絵にすることの面白さではあります。









琵 琶 湖 の 春


 2011年3月から6月にわたって歩いた「琵琶湖一周歩き旅」のひとこま。
 特に名勝でもなければ、名称もない一風景だが、写真に切り取ってみると、心に残る、いい風景なのです。琵琶湖一周とその周辺に
付随する湖を加えて、およそ240キロを歩き通した達成感がこの一年(2011年)の最大の収穫になりそうだ。
 「琵琶湖一周歩き旅」の記録はこちらをご覧ください。








湖北、忘れられた船着き場


 琵琶湖一周歩き旅がこの地域で終わった。
 240キロ完歩の余韻に浸っている。
 竹生島への観光航路の港と思われるが、竹生島に至る各地域からの航路のなかで利用者が少ないのか閑散としている。あるいは廃
港なのかもしれない。
 ところが、こうしたうらさみしい雰囲気というのは、えてして絵の題材になる。
 平原の一軒家、山村のあばら家、漁港に上げられた小さく古びた漁船など、展示会で普通に出会える風景だ。
 青を強調してみたけれど、冷たく沈んだ風景になってしまったかもしれない。
   トップページの画像と重複します。



戻る
戻る