見てきました                   猷々自的

最高だった永源寺の紅葉

 2005年11月18日、滋賀県の湖東三山と永源寺を友人ら4人で訪れた。4人の住む所が 関西圏と中京圏に分かれているため、米原駅発の近江鉄道バスで巡回した。午前10時に米原駅を出発し、西明寺、 金剛輪寺、百済寺、永源寺の順で巡り、名神八日市インターから彦根インターまで高速道を走り、午後5時ごろ 米原駅を経由して彦根駅に午後5時半ごろ帰着した。やや強行軍の感じで、自家用車では、とても1日で回れる行程で はない。

 この日は、冬型の気圧配置。11月にしては寒い日となった。晴れたり曇ったり、寒気団が下がり、時折雨が ぱらつくという、北陸に似た冬のこの地方特有の天気。紅葉には、湖東三山といわれる西明寺、金剛輪寺、百済寺 は少し早い感じもしたが、永源寺はどんぴしゃであった。

 最初に訪れた西明寺は、三山のうち最も北にある。国宝の本堂と、樹齢250年といわれる 不断桜を 見学した。国宝の三重塔は壁画が華やかといわれ、特別公開(拝観料1000円)されていたが、時間も逼迫していた こともあって通過する。紅葉は今一つの感じだった。 

 金剛輪寺近くの国民宿舎で昼食を取った後、訪れた金剛輪寺は、国宝の本堂近くにある 血染めの紅葉が売り物だが、西明寺に比べると確かに赤いものの、ことしの 天候のせいか冴がない。参道が長く、両側に1000体の地蔵が、交互に番号入りで並ぶ。二天門には 大わらじが懸かる。 日本最古の大黒天といわれる軍神姿の珍しい大黒天が公開されていた。

 最後の百済寺は、聖徳太子創建と伝えられる。今は「ひゃくさいじ」と読むが、元は「くだらでら」といった、 という。本堂の内部を参観すると、他の二か寺と比べると、何となく異質な感じがする。 喜見院の庭園が見所の一つとなっ ている。信長の焼き討ちに耐えて生き残ったという千年菩提樹がある。 湖東三山は、いずれも天台宗。

 最後に訪れた永源寺は臨済宗。愛知川支流の渓谷沿いにある。近江屈指の紅葉 の名所といわれるだけあって、 いたる所で、参観者が紅葉をバックに写真を撮ったり、紅葉そのものを写したりしており、最も見ごたえがあった。 本堂(方丈)は葦葺で、屋根の総面積は300坪という。一見巨大な農家の ような感じがした。

 余談だが、この日のバスの運転手は八賀洋さん。珍しい苗字なので出身地を聞いたら飛騨の高山。高山には 八賀姓が多いという。したがって、春日井シンポジウム常連の八賀晋・三重大名誉教授は高山出身であろう。 なお、八賀運転手の話によると、隣の長野県には八賀の半分の四賀という苗字の人がいるそうだ。

 【写真は最初に訪れた湖東三山の最も北に位置する西明寺の本堂一帯=滋賀県で】


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