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Title

LAMENTO BORINCANO
EARLY PUERTO RICO MUSIC: 1916-1939


borincano
Japanese Title 国内未発売
Date 1916-1939
Label ARHOOLIE 7037-38(US)[2CDs]
CD Release 2001
Rating ★★★★★
Availability ◆◆◆◆


Review

 キューバ音楽やカリプソが、その島の都市部でポピュラー音楽として独自のスタイルを形成し発展させていったのにたいし、プエルト・リコのポピュラー音楽はニューヨークからはじまったといっていいと思う。

 16世紀以来、スペイン統治下にあったプエルト・リコがアメリカ合衆国の領有するところとなったのは1898年。1917年にプエルト・リコ人に合衆国市民権が与えられると、かれらは肉体労働者としてニューヨークへと大挙して移り住んだ。
 プエルト・リコ本島では支配階層が愛好したヨーロッパ調の“ダンサ”が推奨されてきたが、低所得者が大多数をしめるニューヨークでは“セイス”、“プレーナ”、“ボレーロ”といったかれらの生活や文化に根ざしたより大衆的な音楽のほうが好まれた。
 本盤は、かれら“ニューヨリカン”たちが自分たちの文化や伝統を大切にしながら、大都市ニューヨークで独自のスタイルを築き上げていく1916年から39年までのレア音源を中心に編集された2枚組の労作である。

 同趣旨の音源集としては、英国のレーベル、ハーレクィンからリリースされている"THE MUSIC OF PUERTO RICO"(HARLEQUIN HQ CD22(UK)、日本盤は廃盤)があるが、ヴォリューム(全50曲)といい、視点を明確にしたうえでほぼ年代順に配列した曲の構成といい、わかりやすくツボを心得た解説といい、あらゆる面で本盤のほうがすぐれていると思う。
 
 録音年は1916〜39年とあるが、16年録音は1曲のみで、残りはすべて27年から39年にかけての録音。その1曲とは、ギター2本、マンドリン、クアトロ(複弦5対の小型ギター)、そしてめずらしいヴィオラリーナ(ヴァイオリンに似た小型ギター)の弦楽奏によるダンサ。しかし、ニューヨークに暮らすプエルト・リコ人たちの心情にフィットした音楽がレコード・リリースされるまでには、それから約10年の歳月が必要だった。
 
 トリオ・ボリンケンは、プエルト・リコが生んだ最大の作曲家、ラファエル・エルナンデスのギターに、プエルト・リコ出身のラファエル・イティエールとドミニカ出身のアントニオ・メサ(カナリオの後任として加入)の2人をヴォーカリストを擁した伝説的なグループ。解説には、25年から29年にかけてこのトリオで109曲(そのうちダンサはたった1曲!)レコーディングされたとあるが、わたしは本盤に収められた27年録音のボレーロ'SI ME QUIERES' と、28年録音のカンシォーン'MI PATRIA TIEMBLA'の2曲でかれらの演奏をはじめて聴くことができた。もっとも、このトリオ、ドミニカ出身者をターゲットとする場合はトリオ・キスケーヤの変名を使ってみたり、ほかにミュージシャンを加えたときにはグルッポ・ボリンケンとかグルッポ・キスケーヤと名のったりしている。本盤には「グルッポ〜」名義のこれまたレアな音源がそれぞれ1曲収録されているが、いずれ、これらをまとめてハーレクィンかライス・レコードあたりで単独アルバムとしてリリースしてもらいたいものだ。
 
 プエルト・リコ音楽のもうひとりの重要な作曲家がペドロ・フローレスである。フローレスのアルバムは、すでにハーレクィンから3集にわたってリリースされているが、そのなかでもっとも古い音源が第3集に収録された33年録音の2曲であった。ところが、ここではさらに古い30年と31年録音の、セステート・フローレス名義3曲、クァルテート・フローレス名義1曲の計4曲が収録されている。
 フローレスといえば、ボレーロかソンがメイン・レパートリーであったが、'NO JUEGUES CON CANDELA''MAMITA, QUE FRUIO'の2曲は、当時はじめてレコードで紹介されたプエルト・リコの黒人系リズム、プレーナにとりくんだめずらしい例。アコーディオン、トランペット、それにグィロをフィーチャーした楽しく陽気な演奏である。ウッド・ベースの代わりに、キューバ音楽でたまに使われるマリンブラという木箱に弦を張ったアフリカ起源の楽器が使用されているのもめずらしい。また、キューバの大作曲家エルネスト・レクォーナの超有名曲「シボネイ」をフローレスのグループで聴けるというのもファンとしてはこたえられない。
 
 エルナンデスとフローレスとともに、このアルバムのメインの位置をしめているのが、カナリオこと、マニュエル・ヒメーネス・オテロである。アルバム・タイトルとなっている'LAMENTO BORINCANO'「ラメント・ボリンカーノ」をはじめ、レコード会社の関係でグルッポ・アンティジャーノの変名を使った4曲を含めると、全部で15曲と収録曲数で群を抜いている。
 トリオ・ボリンケンの初代ボーカリストであったかれは、トリオを脱退し自分のグループを結成してからもエルナンデスの作品を多く歌いつづけた。なかでも、30年7月にレコーディングされた「ラメント・ボリンカーノ」は、世界恐慌の影響で慢性的な貧困状態にあったプエルト・リコ移民の生活と心情を赤裸々に歌にしたことから、当初カナリオは録音をためらっていたにもかかわらず、大ヒットを記録した。
 カナリオには、このようにプエルトリコの悲惨と貧困を歌に託した'LLANTO DEL CAMPESINO'や、合衆国政府の圧政にたいする武装蜂起を歌にした'HEROES DE BORINQUEN''ESTAN TIRANDO BOMBAS'のような社会派的なプロテスト・ソングが意外と多い。
 また、とりあげる音楽の守備範囲の広さにもおどろかせる。エルナンデスやフローレス作の美しいボレーロはもとより、本盤冒頭のプロテスト・ソング'HEROES DE BORINQUEN'はプエルト・リコの白人農民の音楽であるセイス・ヒバロであるし、グルッポ・アンティジャーノの変名を使った29〜30年の録音はアフロ系のプレーナが紹介された最初のケースである。
 
 個人的にとくに気に入っているのが、2枚目後半の33年から36年にかけてレコーディングされた5曲。エルナンデスの作品'ALLA VA'は、ヤイートのむせぶようなクアトロに導かれ、プエルト・リコ調の甘美なボレーロがはじまり、後半にはいるとコール・アンド・レスポンスのキューバ調のソンになっていく展開。プエルト・リコとキューバの絶妙なブレンドといえばフローレス作のボレーロ'TRAS LA TEMPESTAD'も捨てがたい。ここではピアノも加わり、ダビリータのとろけるようなヴォーカルには思わずタメ息が出てしまう。ちなみにすばらしいクアトロのプレイを聞かせてくれているヤイート・マルドナードは、この時期、キューバ出身の名ヴォーカリスト、アントニオ・マチーンのクァルテートにも参加していた。この2曲は、カナリオの音楽的成熟を語ってあまりある名演といえよう。
 
 つづく3曲は一転してプレーナをとりあげている。カナリオはこういう土くさいダンサブルなナンバーをやらせてもすばらしい。かつてオーディブックから出ていた『プエルト・リコ入門』に収録されていたのは、このなかの1曲'ESTAN TIRANDO BOMBAS'だ。そこではプレーナではなくボンバと解説されていたのだが‥‥。
 ボンバは、2台のタイコを伴奏に用いる2拍子系のもっともアフロ色の濃いダンス音楽だが、当時の録音技術が追いついていなかったことと、なによりも当時のレコード購買層にアピールする音楽ではなかったために、ボンバがポピュラー音楽としてはじめてレコーディングされたのは50年代にはいってからであった(つまりコルティーホが最初ってこと?)と解説にはある。

 プレーナといえば、島の南部にあるプエルト・リコ第2の都市ポンセが発祥とされることからこれにちなんで命名されたロス・プレネーロス・スレーノスと、ロス・プレネーロス出身のラファエル・ゴンサレス・レヴィが結成したロス・レージェス・デ・ラ・プレーナの演奏が多数聴けるのも本盤がはじめてではないだろうか。「ラメント・ボリンカーノ」へのアンサー・ソング'QUEJAS DEL AUSENTE'をはじめ、かれらが演奏するプレーナはカナリオのそれにくらべると野暮ったく相当土くさい。
 また、ゴンサレス・レヴィはロス・レージェスと並行してリラ・ボリクアというグループを結成。当時はすでにすたれてしまっていた古いタイプのダンサやワルツをヴァイオリン、マンドリン、グィロなどを使って演奏していて興味ぶかい。
 
 このほかに、トリオ・ボリンケンに対抗して結成されたトリオ・ボリクアや、ニューヨリカンたちには田舎くさく聞こえただろうヒバロを歌うロス・ハルディネーロスなど、ニューヨークで活動したグループのさまざまなタイプの音楽を紹介するにとどまらず、アルバムの後半にはニューヨークで成熟したプエルト・リコ音楽が逆輸入され、ネイティブな音楽と混じり合い独自の変容をとげていった島独自の音楽をグルッポ・アウローラの演奏を中心に収録したりと、キューバ音楽にくらべてわからないことが多かったプエルト・リコ音楽黎明期のすがたをあきらかにした渾身の力作といえよう。


(3.8.03)



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by Tatsushi Tsukahara