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Artist

PEDRO FLORES

Title

1938-1942


flores 1
Japanese Title 国内未発売
Date 1938-1942
Label HARLEQUIN HQ CD49(UK)/VACATION VOLA-514(JP)
CD Release 1995
Rating ★★★★★
Availability


Review

 プエルト・リコが生んだラファエル・エルナンデスに次ぐ大作曲家だが、1995年にイギリスのハーレクィンから本盤がリリースされるまで、意外なことにその正確な経歴さえあきらかではなかった。

 プエルト・リコは、コロンブスの発見以来、およそ400年間、スペインの支配を受けてきたが、1898年、米西戦争の結果、合衆国領になった。1920年代から30年代にかけて、プエルト・リコから大量の移民が合衆国本土へ流れ込んできた。そのなかにラファエル・エルナンデスやペドロ・フローレスらミュージシャンも多数混ざっていたわけだが、かれらは、多種多様な音楽が入り乱れる合衆国で、それぞれのよいところを吸収しながら独特のプエルト・リコ音楽をつくっていった。

 フローレス自身のバンド、クァルテート・フローレスの30年代の録音を聴くと、いまだキューバ音楽からの影響がかなり色濃いが、1940年の録音を境に、のちに“ボレーロ・センティメンタル”と形容されることになる甘美でロマンティックな独自の音楽スタイルに変貌していったことがよくわかる。現在3集まで出ているシリーズの第1集にあたる本盤は、フローレスが独自の作風を確立していく、そのまさに転回点を記録した38年から42年までの貴重な音源20曲からなる。

 この転換をもたらしたのは、リード奏者でアレンジを担当したラモン・“モンチョ”・ウセラ、そして、のちにラテン音楽を代表する大歌手になるダニエル・サントスの加入によるところが大きい。
 渡米後は8年間、名クラリネット奏者シドニー・ベシェがいたノーブル・シスル楽団に籍を置き、パリでは“キング・オブ・タンゴ”カルロス・ガルデルの伴奏をつとめたモンチョは、クラリネットやフルートなどの木管系の楽器を導入して、キューバ音楽にはないまろやかでとろけるようなアンサンブルをもたらした。たとえば、本盤に収められた1940年3月の録音(トラック5、6)から、同年7月(トラック7、8)を経て、9月(トラック9〜12)へ至るわずか数ヶ月間でのサウンドの劇的な変化は、モンチョの貢献の大きさを十分に物語っているといえよう。

 さらに、デュエットを基本としたキューバ・スタイルをやめ、ダニエル・サントスのソロ・ヴォーカルを中心にすえることを提案したのもかれであった。40年9月の録音では、'LAMENTO DE AMOR'1曲を除いて、ダニエル・サントスとチェンチョ・モラサのデュエットが主体だが、翌41年2月以降の録音(トラック15〜18)では、ダニエル・サントスが終始ソロをとり、ここに、わたしたちがこんにち親しんでいるプエルトリカン・スタイルのボレーロが完成する。

 それにしても、40年から41年にかけてのフローレスの録音は、どれをとっても歴史に残る名演ぞろいである。なかでもトランペットが奏でる甘い旋律に丸みを帯びた木管アンサンブルが折り重なるイントロに導かれ、サントスとチェンチョがメランコリックなヴォーカル・ハーモニーを聴かせる12曲目の'PERDON'「許しておくれ」の完成度の高さ、'LAMENTO DE AMOR''MARGIE''DESPEDIDA'でのダニエル・サントスのモダンでロマンティシズムに彩られたヴォーカルのたとえようない美しさは、ボレーロの最高峰といっていい。

 サントスは、42年ごろにフローレスのグループを脱退し、50年前後には、ラ・ソノーラ・マタンセーラと共演するなど、数多くの録音を残しているが、やはり40、41年のフローレスのセッションでのかれがもっとも輝いていた。なお、'EL ULTIMO ADIOS'「最後の別れ」'OLGA'「オルガ」'VENGANZA'「ひどい仕打ち」といったサントスの名唱は第3集(HARLEQUIN HQ CD116)に収録されている。こちらも必聴である。
 3集には、そのほか“ピキート”ことペドロ・マルカーノや“ダビリータ”ことペドロ・オルティス・ダビーラらを含む33年から37年の初期録音が8曲収められ、40年代とのコントラストが興味をそそる。

 また、35年から38年の音源全20曲を収めた第2集(HARLEQUIN HQ CD72(UK)/VACATION VOLA-518(JP))は、キューバ生まれのパンチート・リセット、ドン・アスピアス楽団で歌っていたダニエル・サンチェスなどのヴォーカルを中心に収録。トリオ・マタモロスを彷彿させるキューバ的なセンティメントにあふれた演唱だが、名曲'OBSESION'「恋の執念」のオリジナル'COMO ES EL AMOR'ほか、聴きどころの多いこれまた名演集である。

 ペドロ・フローレスは、1930年から42年までに250曲以上吹き込んだとされているから、3集合わせても4分の1に満たない。第4集、第5集の発売が待たれるところだ。


(12.31.01)



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by Tatsushi Tsukahara