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Artist

NICO SAQUITO Y SUS GUARACHEROS DE ORIENTE

Title

ADIOS COMPAY GATO



Japanese Title 国内未発売
Date 1954-1955
Label TUMBAO TCD-705(EP)
CD Release 1995
Rating ★★★★☆
Availability ◆◆◆


Review

 生涯に作った曲は300とも400ともいわれるニコ・サキート(1901-82)、本名アントニオ・フェルナンデス・オルティスは、セプテート・ナシオナールのイグナシオ・ピニェイロ、トリオ・マタモロスのミゲール・マタモロスと並び称される作曲家だが、かれらほどには知られていない。ひとつには、ニコ・サキート自身が参加したと確認できるレコーディングが極端にすくないためでもある。

 わたしがニコ・サキートの演奏をはじめて接したのは、エグレムの音源からキューバ音楽の名曲を日本独自に編集したコンピレーション『キエメレ・ムーチョ』(テイクオフ TKF-CD-6)に収録されていた「おんどり君、気をつけて」'CUIDADITO COMPAY GALLO' 「マリア・クリスティーナ」'MARIA CRISTINA' の2曲であった。ここに聴かれるグァラーチャとよばれる音楽は、もとはスペイン風の歌曲で、社会の出来事や風俗などを諷刺や洒落を織り込みながら、軽快なリズムにのせて歌にしたもの。ちなみに、ラ・ソノーラ・マタンセーラは、歌謡路線をさらに推し進めたグァラーチャで世界的な人気を博し、ヴォーカルのセリア・クルースは“ラ・グァラチェーラ”などとよばれた。

 つぎに聴いたのは、同時期に発売された『ラモン・ベロス名唱集』(テイクオフ TKF-CD-7)のなかの6曲でニコ・サキートのコンフントが伴奏をつとめていたもの。ラモン・ベロスは、白人農民の民謡であったグァヒーラの最高の歌い手として知られるひとだから歌も当然グァヒーラ風なわけで、「マリア・クリスティーナ」などのコミカルなイメージとはどうしても結びつかなかった。50年代はじめごろの録音だろう。

 3年後の93年には、初のフル・アルバム『荷車ゆれて』(Pヴァイン PCD-2375)が発売されたが、胸のつっかえは解消されるどころか、ますます混乱に拍車をかけることになった。このアルバムは、ニコが81才で世を去る82年に、クァルテート・パトリアらとおこなったラスト・レコーディング8曲と、50年代後半にニコ・サキート、マクシミリアーノ・サンチェス・“ビンビ”・イ・エル・コンフント・オリエンタル(サン・ラー並みに長いグループ名!)名義で録音された6曲からなる。

 前者では、刻み込んだ年輪の奥深さを感じさせるにあまりあるシブイ、しかしときに少年のようなニコの歌声を満喫できる。グァヒーラの名曲となったプロテスト・ソング「荷車ゆれて」'AL VAIVEN DE MI CARRETA' をはじめ、代表曲「マリア・クリスティーナ」「アディオス・コンパイ・ガト」など、涙なしには聴けない熱唱の数々。ちなみに、ワールドサーキットからリリースされた"GOODBYE, MR. CAT"(WORLD CIRCUIT WCD-035)はこれと同一内容。

 問題は後者である。ニコは、53年にロス・グァラチェーロス・デ・オリエンテを率いてベネゼエラへ長期ツアーに出たさい、革命思想のために帰国を拒否され、キューバ革命後の61年までベネゼエラに滞在するのを強いられた。このことから、50年代後半録音と推定されるこのセッションに、ニコ本人は参加していなかったのではないかとライナーにはある。たしかにビンビとカルロス・エンバーレが交互にリード・ヴォーカルを担当しているが、ニコらしき声は確認できない。こちらの演奏は、ギターを主軸に、ファーストとセカンド・ヴォーカルが鮮やかなコントラストを描きながら展開され、トリオ・マタモロスやロス・コンパドレスに近い。

 ニコ・サキートの本領は、明るく楽しいグァラーチャなのか、しぶーいグァヒーラなのか、はたまたマタモロスチックなサウンドにあるのか、自分のなかではっきりさせたくて手にしたのが本盤だった。

 54年と55年にロス・グァラチェーロス・デ・オリエンテを率いてレコーディングされた本盤は、ジャケットの風情からある程度想像できていたが、3番目にあげたトリオ・マタモロス系のサウンドである。というか、全20曲中、ニコ本人の作品6曲以外は、ミゲール・マタモロスの作品9曲とシンド・ガラーイやカイニェ(CAIGNET)らによるトリオ・マタモロスのレパートリーであった古典5曲でしめられ、ある意味、トリオ・マタモロス曲集といえる内容。

 しかし、それはそこ、グァラーチャを得意としていたニコのことだから、トリオ・マタモロスよりも軽快でサウンドのキレがよく、ヴォーカルにもスペイン色がつよく感じられる。これらは、本家本元は別格として、マタモロスの曲をとりあげた数ある歌手やグループのなかでも最高の出来といっていい。もちろん、「アディオス・コンパイ・ガト」をはじめとする自作曲でのはじけるような陽気さもニコ・サキートならではもの。ギター2本に、ベースとパーカッションが加わっただけのシンプルな編成だが、このことがかえってヴォーカルの爽やかさをきわだたせている。録音もクリアでいうことなし。

 トゥンバオからは、もう1枚、NICO SAQUITO Y SUS GUARACHEROS DE ORIENTE "ALBORADA 1946-1951"(TUMBAO TCD-094)というのが出ている。戦後、ラジオ局のミュージカル・ディレクターしていたころ、プエルト・リコ人トランペッター、セレソ・ベガからグループを引き継ぐかたちで新結成されたロス・グァラチェーロス・デ・オリエンテによる47年の録音14曲を収める。メンバーにはコンフント・コロニアルの創設者で、ラ・ソノーラ流の歌謡グァラーチャで名をはせることになるセネン・スアーレスが名をつらねている。そのせいか、イブシ銀のようなトリオ・マタモロス風というより、もっとリズミカルで陽気な楽曲が並ぶ。
 ほかにも、ラモン・ベロスが歌う「荷車ゆれて」を含む50、51年の音源5曲、ビンビがリード・ヴォーカルをつとめた「おんどり君、気をつけて」を含む46年の音源2曲など、それぞれに特徴があるが、どこを切ってもニコ・サキートの音楽であるところがすばらしい。ニコの多才ぶりを知りたければ、むしろこちらがオススメ。

 ここに紹介した以外で、とくにオススメしたいアルバムは40年から42年までの代表的なセステートやコンフントの演奏を収めたコンピレーション"CUBAN SEXTETIS & CONJUNTOS"(HARLEQUIN HQ CD 64)。ここには、わたしの知るかぎり、ニコ・サキートが参加した唯一の戦前の音源と思われるコンフント・“コンパイ・ガリョ”の演奏が3曲収録されている。いわゆるマタモロス風の演奏だが、節々からにじみ出るユーモアはやはりニコならではのもの。そんな優雅で陽気でちょっぴり苦い田園的なムードだから、ニコ・サキートはやめられない。


(1.16.02)

 その後、“ビンビ”こと、マクシミリアーノ・サンチェス名義のアルバム"BIMBI CON EL CONJUNTO ORIENTAL DE NICO SAQUITO"(SONORA CUBANA / VIRGIN 850822-2(EP))を手に入れた。これは、前にあげた『荷車ゆれて』の後半に収録されていた6曲すべてを含む全17曲。クレジットにはビンビ、カルロス・エンバーレとともに、コーラスとしてニコの名がちゃんとクレジットされていた。しかし、それにもかかわらずニコの参加はなかったと考えたい。むしろニコの名を冠したグループ名と解すべきであって、そうでなきゃ、リーダーのニコを差しおいて、わざわざビンビの名まえを掲げる必要などなかったと思うからだ。ちなみにアルバムは、全17曲中、「おんどり君、気をつけて」『荷車ゆれて』にも収録)、「マリア・クリスティーナ」を含む8曲がニコの作品、7曲がビンビの作品。
(8.1.02)


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by Tatsushi Tsukahara